Dream

振り向いて
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優美。

後輩は舞い落ちる花弁の如く、優雅に大地へと着地をする。

丸い瞳を細めて、もう一度微笑む後輩。




大嫌いだ。


私はその後輩に、先程の素晴らしい舞踊に屈服の意を表して


頬にビンタを喰らわしていた。






「……っ、て…」

「アンタっ…、馬鹿じゃないの!!?」





ムカツク。



こんな奴の為に…


涙が出そうになったなんて…ムカツク。






「大丈夫っス!!オレ、運動神経イイですから」

「だとしても、んな事してたら死んじゃうでしょ!!!?」

「ぅぐ……」


後輩はいよいよ言葉に詰まった様で、口を噤んだ。







馬鹿らしい…。

早く、帰ろ。





私が後輩に踵を返した時だった。


私の卒業証書の入った筒を握っている左手を上から包む様に掴む後輩の掌の温もり。
同時に私の左肩に掌以上に熱を有するものが乗せられた。



「だって先パイ、オレが待っててって言っても、待って、くれないじゃん……」





私はこいつが幸せそうな面をしている事に無性に腹を立てていた。
勿論それは、今に始まった事では無い。

しかし、絞り出す様に伝えられたその声は

何故か、耳を紡ぎたくなる程に




切な気だった。








後輩は私より数p身長が低い。
本人はあまり気にしていない様だが、私にとては大問題だ。
女ならば、一度は長身の紳士的な男性に憧れるものである。
それに比べ、こんなに餓鬼臭く、弟染みた奴は論外だ。
しかも小柄ときた。
もしキスをする事にでもなれば、私がこいつの為に屈まなくてはならない。
密かに焦がれていた背伸びキッスの希望は完全に打破される。


全くもって、タイプじゃない。

自らこいつと関わろうとも思わない。



だから




フったのに……。






なのに、






それでも笑顔を作れるあんたが



懲りずに私に話しかけてくるあんたが







本当に大嫌いなんだよ。











曇天が動きを始めたのか、地面の色は茶色を越し、黒く闇に溶け込んでいく。






「先パイ……」



後輩は変わらず私の肩に額を当てる。


が、途端に熱が離れたかと思うと、後輩はステップを刻む様に私の視界の中に入り込み、








唇を押し当てた。




それは、本当に触れたのかどうか曖昧なぐらいに触るだけのキス。
しかし、じんわりと染された後輩の炎の様に熱い体温だけが、その痕跡を物語っていた。





「へへっ、卒業、おめでとうございます!!!じゃ、」



後輩は顔を真っ赤にして笑った。





でもそれは、表面上だけのものであって


後輩は




泣いていた。


それは、私ですら見て取れる程だ。





パタパタと上履きで遠ざかる背中を、いつもは自ら目を逸らすはずだが、今日は食い入る様に見詰め続けた。







「先パイのぉ!!!!!!!!」




突然の後輩の雄叫びとも似通った叫び声に、思わず私は跳ね上がった。



「ちゅー、奪っちゃったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」





私は慌てて顔を手で覆った。



不覚にも、頬が紅潮してしまった。


それは羞恥が大半を締めている……はずなのだが、先程から胸の鼓動が止まないのが不思議でならなかった。
同時にそれは、私の心をも締め付けている様で、キリキリと痛む。





「先、パイっ………」



雨だ。




雨が振りだしたんだ。


やっぱり、傘、ちゃんと持ってくればよかったなぁ……。




私の頬には幾つもの雨粒の滑り落ちる軌道線の痕が付く。
次第に嗚咽が入り混じり、私は肩を震わせながら雨粒を拭う。

しかし、拭えど拭えど雨は増すばかりで
只管止む事を願うばかりで、一向に収まる気配は無い。

するりと音も無く卒業証書が私の掌から滑り落ちると、無数の雨粒が打ち付ける。




「何で……最後の最後で、笑わないんだよっ、田島の馬鹿はっ!!」










田島は泣いていた。


恥じらいとか、そんな類の物は全て捨てて、









思いのままに。


















もう二度と会う事の無い



愛しの人を想いながら。




end
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