Dream
□振り向いて
1ページ/2ページ
不意に私は卒業証書の入れられた筒を天に翳した。
卒業、したんだ。
とても誇らしい気分だ。
義務教育とは違い、自分の力で勝ち取った、この卒業証書。
桜の満開には程遠い気温ではあるが、私の心は晴れ晴れしていた。
鼻孔を擽る、湿り気を帯びた匂い。
擦れ違う生徒の行き急ぐ足音。
重く、厚い雨雲が西浦高校を見下ろす様に覆いかぶさる。
そういえば、今朝の天気予報では昼から雨が降り始めると言っていた気がする。
傘を玄関に置きっ放しににていた事をちらりと後悔したが、それも早く家に帰宅すれば良い事。
友人と一通り別れの言葉を交わした私は一人、体育館の裏に来ていた。
大きな桜の木の聳える此処は、満開時には人だかりが出来るのだが、紅い蕾を纏っている桜になど皆が興味を抱くはずもなく、今は人一人足を止めない。
そう、何も思い残す事なんて無い。
雲一つ残らない青空の様に。
「先パイっ!!!!!!!」
何処からともなく恐らく私を呼ぶ声がする。
私は辺りを見回すが、景色は少しも揺れ動かない。
「先パイっ!!上でーす!!オレですよぉ!!!!!」
上?
私は言われるがままに上を見上げる。
そこにはYシャツを腕まくりして、腕をぶんぶんともげるんじゃないかと思うくらいに振り続ける後輩の姿があった。
ここは体育館のギャラリーから丁度良く見えるスポットでもあった。
たぶん卒業式会場の後片付けをしているのだろう。
後輩は紅白に彩られた弾幕の隙間から顔を覗かせる様に、満面の笑みを私に向けていた。
「ぁ……」
私はその後輩の笑顔が嫌いだった。
何で、笑っていられるのかが、
私には不可解だったからだ。
だから目を背ける。
顎を引くように俯いた。
それに不満を覚えたであろう後輩は、紅白弾幕を取っ払うと開け放たれていた窓から身を乗り出した。
窓の奥にベランダなど備わっているはずもないそこは、一本の手すりのみが命綱であった。
あろうも事か、後輩はそれを踏み台にすると
自分は鳥だと言わんばかりの勢いで、宙に飛び出した。
「―――っ!!!!???バカッ!!!!」
殆ど悲鳴に近いだろう私の甲高く釣り上った叫び声。
きっと何が出来るわけでもないが、咄嗟に私は地面へ降下する後輩の元へ駆け寄った。
その短い時間を私は、まるで永久の物だと思い違う程にもがき苦しんだ。
私の全てが集中する。
呼吸までもが、鬱陶しいと思った。
しかし、後輩は笑っていた。
無邪気と言っても良いぐらいに。
憎しみと安堵の綯い交ぜになった私の心。
いつもそうだ。
こいつには散々振り回された。
今まで平穏だった私の心を意図も簡単にぐちゃぐちゃに荒らしていく。
だから私はこいつが嫌いなんだよ。
<続く→拍手Novelへ>