story

□猫の目の夢(ss)
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朝、珍しく早くに目が覚めた。
寝ぼけ眼を擦って、あまりの寒さに身震いする。

そういや、昨日は珍しく雪が降って、降り積もってたんだっけ。

ベッドサイドの時計を見上げ、いつもより2時間ばかり早い時刻を確認する。
十分な二度寝時間に満足感を覚え、毛布に包まろうとしてベッドがやけに広いことに気がついた。

辺りをきょろきょろと見回す。
特に変わったところはなく、ただ、やはり少しばかり世界が広く思えた。

ふと、薄い水色の毛布に紛れて、白く酷く温かそうな毛布に似た素材を発見する。
ふわふわと柔らかそうなそれに手を伸ばす。

あれ…
何かが決定的におかしいような。

白いふわふわは意思を持つようにゆっくりと左右に振れ、それを捕らえようとしたおれの手が、白いふわふわと同じ材質に見える。
見える、だけでなく、おれが動かすように動いていた。

猫の手だった。

勢いよく飛び起きた。
まさに、飛び起きたと言っていい。
軽やかに翻る身体は、猫のようにしなやかで、いや、猫だから猫のように猫らしい機敏で柔軟で…

ああ、とついた感嘆の声は耳ににゃあ、と聞こえた。

落ち着け、落ち着け。
何度も自分自身に言い聞かせ、目を固くつむって深呼吸をした。

さあ、落ち着いた。目を開けるぞ、きっとスウェット姿の見慣れたおれが見えるはずだ。

目をゆっくりと開けた。

やはり、猫。だった。
もう、言い逃れようのないほど猫だった。
全身は怖くて確認出来ないが、自分の手だと思える動きをする手が、猫の手だった。
開いてみれば指とも呼べない丸いそこから鋭い爪が飛び出したし、掌にはピンク色のつるりとした肉球があった。

もう一度、にゃあ…、と溜息が漏れた。

どうしてこうなったのか、必死に頭を巡らす。
思い当たることがないではなかった。

昨日の帰り道に、綺麗な猫を見た。

愛想がよくて可愛げのある月島家の家猫も魅力的だけれど、昨日の猫はいわゆる美人猫というやつで、
つんと澄まして自分が人の目にどう映るのか完璧に知っている、そんな魅惑的な猫だった。

その美しい猫をひとしきり追いかけて、漸く喉の下を指先で撫でて、おれは確かに言った。

「ああ、おれも猫になれたら、いいのに」

と。

その美しい猫は願いを聞き届けるかのように高く美しい声でにゃあんと鳴いて、笑った。

ような気がした。

全くもって信じられないような話ではある。
自分でもそう思う。
けれど、今この現状を見れば、おれはあの猫に魅入られてしまったらしい。


冷静に、なんてなれない訳だが、一応冷静になって困ったことになったと考えた。
今日がまさか都合よく開校記念日でお休み、ということもなく、通常通り朝練も学校も授業もある。

そんなことよりも、両親になんと説明したものか、と考えて、先ほどから声が猫の鳴き声にしか聞こえないことに絶望した。

絶望しかけて、はっとして耳をひくひくと動かす。
どうしたって今のおれは猫だから、本当に耳をひくひくと動かすことになったのだけれど。

東、隣の部屋に寝ている東ならば、と思った。
そうなれば、即実行。

自分の部屋の扉が、まるで聳え立っているように見えた。
かりかりと爪を立てて、30分ほど格闘する。

無理だー…
無理だった。

猫の姿で、部屋の扉を開ける難しさに打ちひしがれていると、扉が開いた。

耳をぴくんと立てて上を見上げる。
東、東が不思議そうな顔をして立っている。

「樹多村…?」
「んにゃぁ。」

名前を呼ばれてつい返事を返してしまった。
もちろん、猫のおれの声は猫の鳴き声として発声されて、怪訝な顔をした東が足元のおれにようやく気がついた。

「…ねこ?」
「にゃー…」

そうだよな、東にもこの姿は猫にしか見えないんだな。
おれにだって猫にしか見えないんだから…仕方ない。
東を責める気にもなれず、しゅんとして俯く。

東がしゃがみ込んで、おれの頭を撫でる。
優しくて、温かくて、嬉しくて。
精一杯の猫撫で声で甘えてみる。

「なーう」

壊れ物を扱うように優しくおれを抱き上げて顎の下をころころと撫でる。
くすぐったくて、でも、心地よくてのどを鳴らした。

「どっから入った?」

あの仏頂面の東が抱きあげたおれに向かって笑う。

こいつ、こんな顔で笑うことも出来るんだな。
人間のときのおれには見せてくれたことないけど…
少しへそを曲げて、つんとそっぽを向く。

「…樹多村みてぇだな」

愛しいものを見つめる目でおれの名前を猫のおれに向けて呟く。

東。
そう呼びたかったのに、呼びかけた声はひどく切ない「にゃぁん…」という声にしかならなくて。
おれをそっと撫でる指におれは頬を寄せて、もう一度鳴いた。

「東…」

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