復活novel
□2
1ページ/3ページ
コロコロと、夏虫の声が遠くで聴こえた。
頬を撫でる風には乾いていて、とても心地良い。
涼やかな夏の夜に、涼やかな虫の声……流れる水音も微かに聴こえてくる。
茂る夏草が何処までも広がり、ホタルが飛びかうような、見たこともないのにそんな幻想的な光景が脳裏に浮かび上がった。
満月の光が宿ったかのように、コウコウと照るホタルはとても美しい。
1人で眺めるには惜しい、正に珠玉の光景。愛しい人と、この絶景を共感したいと強く思った。
闇の中で、ゆらゆらと美しく揺らめくオッドアイの持ち主…
彼とこの景色を共有出来たらばどんなに良いだろうか。
不思議にも自分1人きりで広野にたたずむ様子が客観的に見え、肌寒く感じた。
(骸、お前がいないとこんな景色でさえ怖いんだ…。)
役目を終えて、誰からも必要とされなくなって、忘れ去られて……いつかは消える。
決められた運命に従っていればなんてこと無かったのに、あらがって自我を持ってしまって、紆余曲折を経て恋をして、…失う事が怖くなった。
弱い心の支えを失う事が怖くなった。
(骸……俺、強くなれるかな…?)
愛しい人の姿を思い描こうとした刹那、ゴウと強い風が吹き荒れて、幻想に満ちた世界は遠退いた。
ゆっくりと開眼すると、見慣れない木目をした天井が見えた。
「……ここは…?」
上体を起こして辺りを見回すと、間接的な月光以外の照明は落とされており、よくは見えないが旅館の客室であることは分かった。
サラサラと流れる水音の正体は、客室に備え付けられた露天風呂の湯が巡回するものだったようだ。
「……そうだ、俺逆上せたんだった。」
冴えない頭で記憶を辿っていると、余計なものまで思い返してしまい、カッと頬を染める。
「だ、大体、骸が脱衣場で変な事するから…!」
なんて、抵抗らしい抵抗すら出来なかった自分自身の事は棚に上げてしまう。
そしてその怒りの矛先はと言うと……。
「…骸……?」
見当たらない。
闇に飲まれた客室を柔らかい月明かりが照らしているのだが、そこに人の気配はなかった。
ドクリ……
闇、静寂、孤独…
硬直化に至る条件が揃っているかのように思えたが、体が強ばるだけで、手足の末端はまだ機能するようだ。
恐る恐る、浴衣の合わせをギュッと握り締めて深呼吸する。
「大丈夫………」
自分に言い聞かせた。骸は用があって、たまたま何処かへ外出しているのだと。
熱い湯がチロチロと流れる音に耳を傾け、恐怖心を紛らわせた。