復活novel

静寂の中で A面
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※ちょっとHです



この暑さは尋常ではない。つい先日まで肌を刺すような冷気が牙を剥いていたというのに。本当に春という季節が存在したのか疑ってしまう程の寒暖の差だ。

春と言えば、あの桜の木は、どうなってしまったのだろうか。

まだベッドから抜け出す気にはなれなくて、眠たい目を擦り、視線だけ窓に向けると、遠くの景色に深緑の広がる山が見えた。

気が遠くなる程の年月を重ねた宿屋の桜の木には、あの山のように青々とした葉が茂っているに違いない。


綱吉はもう一度目を閉じて、薄紅色に染まる夜桜を思い浮べた。

風が吹くたびに多量の花びらが軽やかに舞い落ちて、まるで水面に写っているかのように、地面に幾重にも花びらが重なっている。

夜桜見物をしていた二人分の影は、やがて一つになり、……


(………っ……!)


回想しているとついついいけない夜の事まで思い出してしまい、慌てて思考を停止した。

あの夜の出来事は特別で、こうして無意識に回想してしまうのも一度や二度目の事ではない。

どう特別なのかというと、曖昧模糊であった綱吉と骸の関係が、恋人同士として明確になった夜という意味でだ。

骸の言う“体調管理”は、あの夜から愛の営みへと呼び名は変わり、回数も格段に増えた。

そして新たな進展が待ち受けている事を肌で感じている。

憑依した魂が、まるで空っぽの肉塊に溶け込むように、完全なる一個人の人間へと編成されつつあるのだ。

寒さで血流が悪くなる事もなく、今では快適と言っていい程、自在に身体を動かすことが出来る。


「……………はぁ……」


器用に動く指を見ながらため息をついた。
完全なる人間となった暁には、こちらから一線を越えて良しとする、例えばこちらからキスをするなどして、何らかの合図を骸に出さなければならないのだ。

タイミングなど幾らでもあった…と言うより、骸が意図してタイミングをこしらえていたのだが、その誘いに乗ることは出来ない。

むしろ、骸が自然体を取り繕いつつ、そのように仕向けているのが分かってしまい、余計に“お誘い”が出来ないでいるのだ。

昨晩だってそうだ。

わざとらしく、そういう体位にもっていき、『まだ駄目か?』『そろそろどうだ?』と目で訴えてくるのだ。

綱吉の性格を考えると逆効果であるのは明白で、だからこそ未だに最後までは達していないのだが、こうもあからさまな態度を取られると、もはや骸も我慢の限界だと主張しているのではないかと邪推してしまう。

その邪推が的中していようがしていまいが、綱吉のけじめとやらを見せなければならない…はずなのだが、どうも切り出すまでに時間を掛けすぎたようだ。まるでタイミングを失い、次の波が来るまで待機している状態なのだ。そんなこんなで最後の一線は恋人同士になって二ヶ月に突入する今でも、未だに越えられない壁のままである。
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