―…夢を見た。
現在(ここ)ではない遠い遠い時代(ばしょ)。
周りは私が住んでるような家やビルの建物などなくて、辺りは山や田園が広がっている。
「――…」
何か声が聞こえた気がしたからキョロキョロと辺りを見回す。
すると、少し遠いけれど其処には二人の男女が居た。
着物を着ているからやはり、此処は古い時代なのだろうなと変に感心していると。
男性から短剣…?を彼女は受け取っている。両手に大事そうに抱えながら。
――…そく。
相手の男性(ひと)と約束をして…そして離れた。何を話していたのかは遠すぎて聞こえなかったけれど。
そこの風景も見たことないし、着物なんて七五三以外に着る機会などあまりない。
……ないはずなのに、不思議と何故だかその光景が懐かしいような気がした。
―――――――――
「――………あれ…。」
此処は自分の部屋だなとか山に囲まれてないなとか、夢と現実がごちゃ混ぜになっていて思考が上手く働かない。
(夢にしてはやけにリアルだったなあ……)
ボーっとそんな事を考えながら携帯を手に取り時間を見る。
「……、は………?」
一瞬見間違いだろうと目をこすってよくよく見てみる。が、やはり見間違いではなく。
「8時10分……?」
携帯で設定しているアラームもよほど深い眠りだったのか、無意識に止めてしまっていたようだった。
見間違いじゃないって事を頭の中で理解すると、一気に眠気が吹き飛んでいくのを感じた。
「ち、遅刻――!!!」
よりによって新学期の日に限って。寝癖もそのままにバタバタと慌ただしく身支度を始めるのだった。
――――――――――
「…はっ……はあっ」
長い長い石段を駆け下り、下り坂を走る。
椿の家は何百年と代々続く由緒正しい神社な為、住宅街からちょっと離れた小高い場所にある。
なので長い石段と坂道を通るのは毎日の日課なのだ。
「ひ、は、はあ…は、はあ…っ」
椿の通う高校は自宅から比較的徒歩で通える場所にあるため、余裕で歩けば大体15分ほどで着く。
…まあ、そんな余裕さえも当の本人には全くないのだが。
(は…はあっ………っよし、30分までには何とか着きそう!)
全速力で走ったおかげか思ったより早く学校の門が見えてきて、辺りを見てもちらちらとだが生徒が伺えて少しだけホッとする。
そしてあともう少しで校門をくぐろうかという時。
「……ねえ、そこの子」
「うえ?!」
遅刻すまいとの意識と着いたっていう気の緩みで急に声を掛けられて吃驚して間抜けな声が出てしまう。
椿は慌てて手の平で口を覆いながら声がした方を向く。
「…な、何ですか…」
「あっははははははっ」
其処には長身で細身で薄茶の癖っ毛の男が立っていた。
いきなり笑われてムカッときたが、何とかこらえつつ言葉を切り出した。
「い、いきなり何なんですかっ笑うなんて失礼じゃないですか!こっちは急いでるんです、用があるなら早くしてくれませんかっ」と、少し早口でまくしたてると
「あ、はは。ごめんね?あまりにも間抜けな声を出すからついつい。
いや此処の学校に用があったんだけど、何せ初めて来たものだから…ねえ、職員玄関ってどこかな?」
「あ、ああ、職員玄関なら此処を突き当たって右にありますよ。」
…説明途中ちらっと視線を感じたのは気のせいだろうか。
「…そう。有難う、助かった。引き留めてごめんね。
ねえ、そろそろ行かないとヤバいんじゃない?」ふと携帯の時間を見ると、予鈴がなるまであと2分くらいしかない。
「え、ああっじゃあすみませんっ失礼します!」
ペコッとお辞儀して急いで下駄箱まで再び走り去って行く。
――――――――――
「ふうん…これはこれは。変わらないね君……?」
呟いた言葉はもちろん椿には届くはずもなく。
(あいつも此処に居るみたいだし、これから楽しみだなあ〜)
不思議な笑みを浮かべ、その男は職員玄関に向かって歩き出して行った。
……予鈴を知らせるチャイムが鳴り響く。
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