Novel

□向日葵
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夏を報せる眩しい大輪の花が、あまり好きにはなれなかった。

高い所から俺を見下ろすこの花が気にくわない

理由はそんな単純なものだ




向日葵





乾いた音が静かな部屋に響いていた。
ぺらりという音と共に処理を終えた書類の山が紙一枚分高くなる。


「…二人っきりだな?」


執務室のソファーに大人しく座っていた一護がギシリと音を立てて冬獅郎を振り返ると、
視線を向けられた当人は一瞬だけ一護と視線を交えて直ぐに書類との睨めっこを再開してしまった。


「本来は松本と二人きりのはずなんだがな」


短く溜め息を吐き、眉間に皺を寄せて愚痴をこぼす。
そんな姿に苦笑いしか出てこない。


「何、俺と二人っきりでは不満?」

「…てめぇに書類処理の一つでも任せられるなら歓迎する」

「…冬獅郎」

「何だ」


短く、低い声で、視線も向けず。
嗚呼、乱菊さんのせいで冬獅郎の機嫌は最悪だ。
静かに立ち上がる俺に、目も向けてくれない。


「少し、外歩かねぇ?」

「そんな暇ねぇよ」

「なぁ」

「しつこいぞ黒さ、」


苛立った様子で勢い良く向けられた顔を捕まえて唇を押しあてる。
見開かれた翡翠は近すぎてぼやけて見えたが、動揺だけは伝わった。
一護は一旦唇を離すと冬獅郎にはむ様な、くすぐったいキスを繰り返す。
次第に冬獅郎の肩が震え、笑いが漏れてきたのを確認した一護は最後に
ちゅ、と音をたてて唇を離した。


「…機嫌なおった?」

「うるせぇ///」


可愛らしい口から出てくる言葉は相変わらずだが白い肌をほんのり朱く染めて
苦笑いする様子を見る限り、少しは先程迄の苛立ちを解消出来たようだった。


「ずっと根詰めてちゃ身体に悪ぃし、少し気分転換した方が後々捗ると思わねぇ?」

「だが…」


ちらり、と未処理分の書類を見ればなかなかの量である。
冬獅郎が返答を渋っていると琥珀色の瞳が下から覗き込んできた。


「せっかく此方に来てんのにぜんぜん相手して貰えないんじゃ、俺もつまんねぇし?」


からかう様な、それ。


(確信してんじゃねぇか…)


思い通りになってやるのは癪だが、既に気持ちが傾いてしまっている。


「な、冬獅郎」

「…自惚れんなよ」


拗ねた様に呟けば、それを了承と取った一護が笑って手を差し伸べた。


(あぁ、くそ!///)


そういうのに弱いのだと言ってやりたい。
いや、絶対に言ってなどやらないれど。
冬獅郎が少し遠慮がちに手を重ねると一護は優しくその手を引いて歩きだした。
一歩前を行く広い背中から目が離せない。


(今更、か…)


今に始まった事ではない。
自然と目で追ってしまうのは決して派手な毛色のせいだけではないはずだ。

じりじりと胸を焦がしていくこの存在に、そろそろ火傷しそうなのだと抗議してやりたい。
惜しみなく向けられる笑顔が眩しくてつい目をそらしてしまうのだと、小さな不満をぶつけたい。


(…どうしようもねぇな)


自分は心底、この太陽の様な男に惚れ込んでしまっているらしい、と諦めにも似た溜め息を吐く。
その溜め息をどう取ったのか、一護は歩みを止めて冬獅郎を振り返った。


「…黒崎?」

「いや、疲れてるなら少し寝るか?俺起こすし…」

「あー…」


溜め息一つでこんなにも心配を掛けてしまった事を申し訳なく思う反面、
些細な仕草を拾ってくれた事を嬉しく思う。


「いや、大丈夫だ。それより何処に連れてってくれるんだ?」

「あぁ、今朝来る時に向日葵見てさ、一緒に見ようかと思って」

「…中庭の?」

「あれ、知ってんの?」

「誰の隊舎だと思ってやがる。…まぁ、俺も今朝執務室に向かう時に気付いたんだが」


僅かに肩を竦めつつ、手を引かれるままに歩みを進める。
向日葵はあまり好きではないのだと言ってやったら目の前の男はどんな反応を
するのだろうかという悪戯心はそっと胸にしまい込んだ。
程なくして中庭に着くと、そこでは今朝と変わらぬ場所で数本の向日葵がその存在を主張していた。
やっぱりでけぇな、などと心の中で悪態をつき、ふと気が付いて冬獅郎は一歩前に出て一護に並ぶと
口元に片手を当てて考える素振りを見せた。


「どうかしたか?」

「いや、今朝と花の向きが違うような…」


そう呟いた冬獅郎に一護は一瞬呆けたかと思うと意外だと言って笑いだした。
そんなに笑われる様な事を言ったかとだんだん不機嫌になってきたのを察してか、
一護は笑うのを止めて冬獅郎の頭をわしゃわしゃと撫で回す。


「こいつらはさ、太陽を追い掛けてんだよ」

「は…?」

「だからさ、ずっと太陽の方を向いていられるように首動かしてんだよ。だから、向日葵」

「…へぇ」


別段興味無さげに呟いた冬獅郎は軽く首をよじって一護を振り返った。
見上げてくる翡翠に一護が首を傾げると冬獅郎は少しだけ目を伏せて小さく笑う。


「…何だよ?」

「なんでもねぇ」


素っ気なく、それでもどこか楽しげにそう告げて離れていく小さな背中。
経験上、こういう時は呼び止めても止まってはくれない。
一護は小走りでその背に並ぶと彼の名を呼びながらその顔を覗き込む。


「なぁ、気になるだろ?」

「…教えてやらねぇよ」


やはり楽しそうに、そう呟く。
再び視線をそらして己の横をすり抜けるその可愛らしい様子に、一護は問いの答えなどどうでもよくなった。
なんだか悪戯されている気分だと、くすぐったい気持ちに苦笑する。

そんな一護と少し距離をとってから美しい銀糸を揺らして振り返った冬獅郎は
真っ直ぐに琥珀の瞳を見つめて問い掛けた。


「黒崎、向日葵は好きか?」

「ぇ、まぁ…好き、かな」

「そうか」

「なんだよ」

「別に?」


一護の答えに満足気に翡翠を細め、再び背を向けて歩き出す。


(少しだけ、親近感を覚えたんだ)


太陽を追い求める向日葵はまるで、




「…俺みてぇ」












ねぇずっと、追い掛けさせて




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