月夜の奏

□ずっと側に
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戦国の世に、春が来た。






机に向かって難しい書物とにらめっこしている三成の部屋の襖の向こうから、ある男の声が聞こえてきた。

「殿、入りますよ」


スーッと襖が開き、部屋に入ってきたのは三成の家臣の左近だった。


「殿ー」
「……」
「殿!」
「! さ、左近か。すまない」


書物を読むのに没頭していた三成は、左近の呼ぶ声に気づかなかった。


「で、どうした」
「桜が咲いたみたいですよ」
「桜?」
「はい。殿もたまには外に出て、ゆっくりと桜を見たら如何です?」
「…くだらぬ」


三成は顔を左近から再び書物へ向けた。
すると左近は三成が読んでいる書物を取り上げた。


「左近!何をする!」
「殿、俺にはあんたが無理をしているように見える」
「無理?お前にはそう見えるだけだ」
「いつか倒れてしまうんじゃないかって心配になる…。
顔色だって、良くない」


そう言うと、左近は三成の頬を両手で挟んだ。


「っ…見るな」


まじまじと顔を見られ、恥ずかしさからか三成は左近の手を叩こうとする。

左近は三成の手を掴むとその手を己の口へ持っていき、手の甲に静かに口付けた。


「息抜きがてら、俺と桜を見に行きませんか?」
「……」
「無理をしている殿を見るのは辛い」
「…すまぬ、左近。
お前が心配してくれていたなど…気づかなかった」


三成は顔を桃色に染めながら左近の手をぎゅっと握った。


「桜…見に行ってやる」














「おぉ。咲いてる咲いてる」


三成と左近は、桜が咲いていると聞いたところへやってきた。


「綺麗ですね」
「…ふん。桜を見て何がおもしろい」


三成はそう言いながらも、桜をチラチラと見ている。


「殿」


ふと左近が手を差し出す。

三成はそっと手を重ねた。
絡め合う指。
まるで恋人のようだ。


「来年も、来てやる」


小さい声で囁くように言った三成の言葉は、左近にはちゃんと聞こえていた。


「来年も、再来年もその先も見に来ましょうね」
「お前は、ずっと俺の側にいてくれるか…?」


恥ずかしそうに下を向きながら言う三成に愛しさを感じ、左近はそっと三成を抱きしめた。







「はい。ずっとお側に」


左近がそう言うと、三成は嬉しそうに微笑んだのだった。











ーfinー
 

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