年齢制限室

□触らぬジンに祟りなし
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 まさに、どうしてこうなった、だ。
 シャロンに依頼された仕事が終わったので報告に来たらシャロンは出掛けていて、帰ってくるまでの間をソファに座って待っていようと思っていたらいつの間にか眠ってしまっていて、それで寝ぼけながら顔に掛かる何かを掴んだら
「誘ってやがんのか?」
 と低い声が聞こえて慌てて起きた。
 げっ、と喉元まで出掛かった声を抑える。
「ひ、久しぶり、ジン」
「ベルモットから預かってるモンがあるだろ。出せ」
 いつ見ても不機嫌そうな悪人顔が私を見下ろし、脅迫的な声で私に手を差し出す。
「あと、手ェ、離せ」
 そう言ってジンが視線で指し示す先では私の手がジンの長い髪を握っていた。
 さっき顔に掛かってきたから何かと思って掴んだのはジンの髪だったらしい。
 正直、怖い。
 ジンと会ったのは今までに数度しかないし、いずれもシャロンが一緒の時だった。私は正式には組織の人間ではないのでシャロン以外の組織の人間と接することはほとんどない。
 だから今もシャロンが近くにいるだろうと思って慌ててジンの髪から手を離すと辺りを見回した。
 だが、シャロンの甘い香水の匂いは薄く、その姿もない。
「ベ、ベルモットは?」
「他の仕事だ。それより出せ」
「ふへ?」
 シャロンがおらず、この怖い男と二人きりだと分かって余計にジンの迫力が増した気がした。
 元より女子校育ちだから男性との接触経験が少なくて苦手というのもあるけれど、それがなくてもジンはいかにも人殺しというオーラがしていてよくこんな姿で街中を歩けるなぁ、と逆に感心する。
 それはともかく、ジンが出せと言っているのがシャロンから依頼されていた品のことだろうな、と思い、スカートのポケットからUSBを取り出す。
「これ?」
 私がUSBを差し出すとジンが奪い取った。
「チッ、やっぱりあの女、お前に渡してやがったか」
「え?」
「馬鹿が相手だと楽で助かる」
「ちょ、ちょっと待って、ジン! それ返して!!」
 ジンに渡してしまったUSBが渡してはいけなかった物だと気付いて慌ててジンに掴みかかる。シャロンから散々周りには注意するようにと言われていたのに、まさか同じ組織内で奪い合いをしているものがあるなんて私が知るわけがない。
 背の高いジンには私の手は届かず、悔しくてソファの上に立ち上がりジンのコートに掴みかかる。
 シャロンからの依頼はいつも後払いだ。
 せっかく寝不足になってまで仕事を終わらせたのにジンに盗られた、なんて知れたら依頼料はもちろん貰えるはずがない。あげく、シャロンからは依頼も碌にこなせない役立たずのように言われると思うとそれだけで腹が立つ。
 これは金額云々ではなく、私のプライドの問題だ。
 元よりシャロンは私がまだ学生だからと人をやたら子供扱いする。「Baby」なんて何年も呼ばれ続けるのもいい加減にしてほしい。
「返して!」
「おい、止めろ」
 ――それは一瞬の浮遊感。 
 思い切り引っ張ったはずのジンのコートから手が滑り離れ、ソファのクッションが私の足をずるりと滑らせた。
 落ちる。
 そう考えるより早く私の体が宙で止まった。
 ソファの背もたれに少しだけ太腿が触れ、私の髪がだらりと下へ垂れる。なのに私の体は何かに支えられ、宙に止められていた。
「ジン?」
「ったく、クソガキが」
 なんで?、と思いながら私の体に掛かる長い髪を見る。
 ジンの左腕が私の背を支え、苛々と不機嫌な顔がすぐ傍にある。間近で見ると更に怖い。この眼光だけで人を殺せるんじゃないかと思う。いやいや殺せるでしょ。
 ジンは軽々と私の体を引き寄せ、肩に担ぎ上げた。
「私は荷物かっ!」
「お前にケガさせるとあの女がうっせぇんだよ」
「おろして! USBも返せ!」
「あ? 助けてやったってのにその口か?」
 そもそもジンが私を騙してUSBを盗ったのがいけないんじゃないか。
 シャロンもだけど組織の連中は協力してあげている私の扱いを何だと思っているのだろう。悪いことに協力するのは本当は嫌だし、組織なんて滅んでしまえと思うけれど、私の労力を無碍にするようなら一言物申したい。
 こちらはちょっと気を変えればいつだって他に情報を流せるんだから。
 それをすると私の命も危ないけど。
 私は複雑な感情が色々と混ざり合い、とりあえずは現状の荷物扱いが頭にきて顔に掛かるジンの長い髪をぎゅっと引っ張った。
「っ」
「おろしてって言ってるでしょ!」
 髪を引っ張った拍子にジンの帽子が落ち、少しだけ満足する。
 だが、私はすぐに背筋が凍るというのを実感した。
「……クソガキ」
 低く唸るジンの声。
 先程よりもずっと低く聞こえるその声に怒気が含まれていると気付かない阿呆はいないだろう。
 私は迂闊だった。
 眠気に負けてしまったことも、ジンにまんまと嵌められてシャロンのUSBを渡してしまったことも、ジンを怒らせたことも……。
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