*黒と灰の聖歌*

□『恋歌紡ぐ鶺鴒』
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あの出来事から数日。
神田はまた『CROWN』にやって来ていた。
「あっ!!神田いらっしゃっいませ!!」
キラキラと輝きを放つ髪。
その光りよりも眩しい笑顔に、神田も緩く微笑みかえした。
「あれから来たか?」
出されたコーヒーに口をつけ、一息いれながらアレンを見遣る。
「あの人達ですか?今のところ来てませんよ。ただ…。」
「?どうした?」
言葉を濁すアレンに、神田は首をかしげた。

「……『CROWN』本当に畳まなきゃ、いけないんです。」

アレンは俯いたまま話し始めた。
アレンには養父が居たが、先日亡くなってしまったらしい。
アレンに会ったあの日…葬儀やらなんやらが終わり、やっと『CROWN』を再開させたらしい。
だが、初日のあの時間に『あんな』奴らが来たせいで客足は遠退いたそうだ。
しかも店がこの状態で、養父の入院費の支払いをしてしまえば店を畳むしか方法が無いと言う。
「そんなに経営が厳しかったのか?」
「…いえ。養父は保険が利かない病気だったんです。三年…よくもった方だったんですよ?」
アレンの寂しそうな笑顔に、神田は胸を痛めた。
『CROWN』はアレンにとって、大切な父親との店。
だが、アレンの大切な場所が無くなってしまう。
神田は思い付いた様にアレンに顔を向けた。

「なぁ、モヤシ。この店、俺が買い取ってやろうか?」

突然の申し出にアレンは目を見開く。
『何を言っているんだ?』と顔にデカデカと書き、洗い物の手を止めてしまっている程だ。
「お前は店を続けたい。俺もこの店のコーヒーと、和定食が無くなるのは惜しい。だから…俺と取引しようじゃねぇか。」
「とり…ひき?」
思考がやっと着いてきたのか、アレンは神田の顔を真っ直ぐ見詰めている。
「あぁ。毎日昼に一回、俺の家にお前が作った料理を届けに来い。もちろんランチタイムが終わる2時過ぎで構わん。」
言い切ったあと、神田はまたコーヒーを啜った。
「……それだけ?」
「ん?そうだ。」
アレンは疑問をぶつけたが、神田はシラッと言いのけてカウンターに料金を置いた。
「ごちそうさん。じゃあ明日の朝に一度顔出すから、明日は空けとけよ。」
そう言い残し、神田はドアベルが鳴る中街に消えた。
「っっ〜〜〜!!は…反則…。」
顔が赤面していくのをおさえつつ、アレンは一枚のホワイトボードに『明日は諸事情により臨時休業』と書き綴った。



翌日の8時に神田がCROWNにやって来れば、アレンは既に用意を済ませて店先に佇んでいた。
「おはようございます、神田。」
「あぁ。…お前、店大丈夫なのか?」
「今日は臨時休業です♪さ、神田のお家に案内してください。」
ニッコリと笑いながら話すアレンは、両手で大きな荷物を持ち直した。
「でけぇ荷物だな。中身何だ?」
神田はアレンの抱える荷物を見遣り、隣を歩き始めたアレンに質問する。
「中身ですか?そりゃあ、今日の昼食の材料とコーヒーのポットですよ。」
「はぁ!?材料ってお前、ウチで作る気か!?」
「え…そうですけど?」
何かいけませんか?と言うアレンに、神田はガリガリと頭をかいた。
「…分かった。ただし、結構な人数だから材料足んねぇだろうから買い出ししながら行くぞ。」
「は、はい!」
さりげなく持たれた食材の袋…。
そして差し出された手は、`繋げ`と言う意味をもちアレンは照れながらその手をとった。


神田の自宅の近所にあるというスーパーには色々な品がそろっており、アレンの目が爛々と輝き始めた。
「凄い!!ハーブがこんなに揃ってる!あ!これカモミールだ!神田、ハーブティーも出来ますよ!」
キャイキャイと野菜やら果物やらを見て回るアレンに、神田の頬も自然と緩んでいた。
鮮魚コーナーや精肉コーナーをぬけ、豆腐等の加工品を籠に入れアレンと神田はレジへと向かう。
多くなってしまった荷物に、アレンはどうするか一巡し神田を見れば携帯で何処かに電話していた。
時折聞こえる声からすれば、誰かが迎えに来てくれるらしい。
血の繋がりはないが、家族の様な存在がある神田が…アレンには羨ましく思えて仕方なかった。
そんな表情が顔に出ていたのだろう、神田が振り返った表情が驚愕に彩られた。 
「どうした…何かあったのか?」
「いえ、少し…神田が羨ましかっただけです。」
素直にそう言えば、神田は苦笑してアレンの髪を掻き回した。
「今日からお前も、似たようなもんだろ?」
「え?」
「お前も俺達の家族みたいなもんだ。」
神田の言葉に、アレンは花が綻ぶように笑顔をみせた。
 
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