*黒と灰の聖歌*

□〜宵の舞踊〜
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神田の邸の前で二人の男女が止まる…。
「若菜、着いたぞ?」
「有り難う御座います、晴明様。」
男女はアレンと神田が話していた、安倍晴明と妻の若菜で和やかに神田邸の門を叩こうとした。
…そう。叩こうとしたのだ。

―ガツンッ!!―

『このバ神田〜!!』
『待て!!話し位聞けっ!!』
何かが門の裏側にぶつかる音に若菜が驚愕し、続いて聞こえてきた口論に晴明が嘆息する。
ーどうせろくな説明もせず、自分達が来ることを話して七尾殿の機嫌を損ねたな…。ー
晴明は短く祝詞を唱え、柏手を一つ打つ。
パンッ!!と鳴る音と共に、中の喧騒が止んだ。
「せ…晴明様?」
「大丈夫だ、若菜。さぁ、入ろうか?」
そう言うと、勝手知ったる他人の家だ。
妻の手を引き、門扉を潜り抜けた。


門を抜けた先で見た光景に、若菜は慌てながら駆け寄った。
「あぁっ!!神田殿、どうされたのですか!?御髪どころか、全身濡れ鼠では御座いませぬか!?あぁっ!!こちらの方も!?晴明様、手伝って下さいまし!このままではお風邪を召されてしまいます!」
「わ…若菜。大丈夫だから落ち着きなさい…。」
若菜は手拭いで神田を拭いたと思えば、アレンに駆け寄り自ら着ていた羽織り物を掛けてやる。
そんな彼女に苦笑しつつも、晴明は神田とアレンにまた術を掛け全身の水を吹き飛ばした。
「神田、客を放ったまま七尾殿と戯れるのは如何なものかと思うがな?」
「晴明…テメェ、術で俺らをずぶ濡れにしやがって…。」
ニヤニヤと笑う晴明とは対象的に、神田の表情は怒りに満ちていた。
「テメェ!!今日こそ決着を着けてやるっ!!'謹請し 奉る '」
「やれるものならやってみろっ!!'オン アビラ ウンキャン '」
二人の陰陽師が祝詞を唱え始めた時だった。
「「やめて下さい!」」
二人の間に入るように、それぞれの大切な者が割り込んできた。
「ァッ!?…七尾っ!!」
「若菜!?」
驚き目を見開けば怒った顔。
アレンと若菜が口を開いたのは同時だった。
「「どうしてユウ(晴明様)は、そう短気なんですか!?僕(私)や若菜様(七尾殿)が居るんですよ!?ちょっとは考えて行動してくださいっ!!」」
頭冷やしたら入って来て下さいねと言ったアレンは若菜を連れ邸に入る。
そんな二人に、神田も晴明もただ一度頷き後に従った。



「七尾殿は、お料理が上手ね。」
「有り難うございます!あ、若菜様。僕のことは'アレン'とお呼び下さい。」
「あらあら?お名前を間違えたかしら?」
ワイワイ、キャッキャッ…と土間に響く二人の声を聞きながら、神田と晴明は酒を酌み交わす。
「仲良くやっているみたいで助かる…。」
「晴明…。今日はアイツの神力が落ちているが、普段は神将顔負けだぞ?」
大丈夫なのか?と問えば、笑いながら先に伝えていると言う。
「…よく着いて来たな?最初は来ないかと思ったんだが?」
「私も驚いたよ…。アレが自ら『お供致します』と、言ったんだからな。まぁ、これも星の定めだな。」
満月で霞む星達を見上げ晴明と神田は、アレンと若菜が用意した酒肴を口へ運んだ。
「美味いな…。」
「誰の嫁だと思っている?」
減らず口は相も変わらず。
二人はニヤリと意地悪く笑った。


縁側に居る二人は、さて置き。
土間のアレンと若菜は、料理の合間の会話を楽しんでいた。
「アレン殿は本当にお優しいですね?」
「そんな…僕はただ、ユウの助けになれば良いと思っていたんです。」
式に降る事になった時の話をすれば、若菜は笑いながらアレンの頭を撫でてくれた。
それはアレンに、幼い頃亡くなった母親を思い出させてくれる仕草。
神田とは違う細い指が髪を梳く度、アレンは心が暖かくなるのを感じた。
「若菜様は…、きっと素敵な母君になられますよ。」
「あら?有り難う。アレン殿はきっと神田殿を幸せに出来ているわ。」
ニコニコと笑う二人の間を一陣の風が吹く。
風に乱された髪を整える若菜に、アレンは懐から柘植の櫛を出した。
「母の使っていた古い物ですが…どうぞ使って下さい。」
「そんな!お母様の大切な物でしょう?アレン殿が大切になさって下さいな。」
懐紙にまた綺麗に包み直しアレンの手に戻させれば、苦笑をたたえたままアレンは櫛を大事そうに懐へ直した。
「若菜様…有り難う御座います。」
目頭が熱くなり慌てて下を向けば若菜は、またアレンの頭を撫で始めた。

 
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