*黒と灰の聖歌*

□『恋歌紡ぐ鶺鴒』
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「いい加減帰って下さいっ!!」
通りに若い女の声が響き、神田ユウは引き寄せられるようにそちらを見た。
騒動の中心は道路を挟んだ、向かいの通りにある小さな喫茶店。
ガラの悪い大男二人に怯むことなく、白い髪の女が声をあげていた。
白い長袖のニットと黒のロングスカート、そして緑のエプロンをした少女に神田は鼓動を高鳴らせた。
「そう言ってもなぁ、姉ちゃん。俺らはその土地が欲しいねん。それに誰もタダでって言うとるんちゃうやん?ちょぉ〜と、別の場所に「それが嫌だと言っているんです。この店『CROWN』は、僕と父の大切な場所。僕だけの判断では動かないと何度言えば良いんですか!!」
キツく睨む少女に痺れをきらせたのか、一人の男が拳を鳴らし始める。
神田は眉をすがめ、イラついた様に横断歩道へ足を進めた。
男二人はどう見てもヤクザ者…。
同じ穴のムジナである神田にとって男達が少女にしている行為が、現在は禁止されている筈の『地あげ』であることに気付いたからだ。

『…女一人でどうこう出来るもんじゃねぇな。』

神田ユウ…彼はこの地域一帯を取り仕切る『黒翼会(コクヨクカイ)』の若頭だ。
治安を一定に保ち、地域住民を見ては景気等を下見していた矢先にコレだ。
連中は少女に今にもつかみ掛かろうとしているし、少女はわかって居るのか店の入り口から退こうとしない。
神田は竹刀袋に入ったエモノを確認し、青に変わった横断歩道を全速力で駆けていった。



僕は朝の営業を終え、昼の忙しくなる前に少しでも仕込みを終えようとキッチンに入った。
だけど、今日は招かれざるお客様がお見えになって今の状況。
さて、どうしたものか。と考えていたら、一人の青年がこちらに向かって走ってきた。
「おい!てめぇ等。ここら一帯、どの『組』が仕切ってるか知ってて地あげなんてしてんだろうな?」
竹刀袋を片手に仁王立ちする青年の顔はとても綺麗で、僕はつい…。

目の前の大男の片割れを投げ飛ばしてた。

アレン・ウォーカー、20歳。
一目惚れな初恋をし、早くも失恋しそうです。



神田は抱腹絶倒中だった。
目の前の細いモヤシの様な少女が、自分の体重より重い大男を投げ飛ばした事に爆笑中なのだ。
「……。」
「そ…拗ねんな、…ブフッ!!」
両頬を膨らませ神田に紅茶を出すアレンに、また神田は笑ってしまう。
「助けてくれた事には感謝します。…もぅっ!そんなに笑わないで下さいよっ!!」
まるでリスかハムスターの様に膨らんだ頬を、神田はフニフニと突きはじめた。
「ちょっ!?もぅっ!!…改めて、さっきは、ありがとうございます。僕はアレン・ウォーカーといいます。」
「いや、俺が声をかけなくても平気そうだったがな。…俺は神田だ。」
差し出された右手を取り、神田は落ち着いたのか紅茶に手をつけた。
「しかし、昨今『地あげ』は禁止されてるっつぅのに…。どこの組か知ってるか?」
紅茶を啜りつつ神田はドアの方を見る。
そうすれば、カウンター内で作業していたアレンが目を見開いた。
「地あげって禁止されてるんだ。…すみませんが、ドコの誰かは分からないんです。…もしかして、神田は『極道』って呼ばれる人なんですか?」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐアレンに、神田は黙って首を縦に振った。
「…あんまし一般人には言わねぇが、隠し事も嘘も嫌いだ。この辺一帯を仕切ってる『黒翼会』は、俺の実家だ。」
あんまりいい顔をされたことが無いことも、神田のその表情でわかってしまう。
アレンはクスッ…と笑い、神田の前に卵焼きと焼きおにぎりを出してきた。
「っ!?お前…俺が怖いとか思わないのか?」
「神田はいい人ですよ?隠し事も嘘も嫌いで僕に神田のお仕事を教えてくれましたし、本当は紅茶苦手でしょう?それでも出された物を口にしてくれましたから。」
こういう仕事をしていれば、だいたいの人間性が分かるのだとアレンは朗らかにわらった。
 
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