*黒と灰の聖歌*

□〜宵の舞踊〜
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時は平安…。
南に下るにつれ魑魅魍魎や、雑鬼怨霊が蔓延る京の都に夜が来た。
「ユウっ!そっちに行きましたっ!!」
「分かったっ!!」
黒い狩衣に刀を持つ、黒髪の青年…神田ユウは片手で印を結ぶ。
「'臨める兵 闘う者 皆陣列れて 前に在り 万魔供伏'!!」
九字を切り闘気を飛ばせば、吹き飛ぶヒトに仇なす妖。
「アレン!!行けっ!!」
神田の声に反応して白い外套を翻し、大きな刃を持つ剣を振りかざしたのは七尾の尾を持つ稲荷の少年…アレンだ。
大きな妖を貫き調伏すれば、二人は詰めていた息を吐き出した。
「ふぅ…よくやったアレン。」
「はい…ユウもお疲れ様です。」
剣が左腕に戻り、外套が消える。
アレンは稲荷神と巫の間に産まれた混血児で、最近神田の式神に降ったばかりだった。
紆余曲折の末、二人は恋仲になり主従を越えた関係を結んだ。
「今日の朝餉には青菜の味噌汁と、胡瓜の漬物と粥を用意しますね。」
「あぁ。楽しみにしている。」
アレンの頭を撫でて、神田は邸へ帰るために風を起こす。
その風圧に瞳を閉じ、次に開ければ邸の庭先に着いているのだ。
朝餉を用意し食事をしていた時、アレンが唐突に口を開いた。
「あ、ユウ。僕今日は夜警に着いて行けません…。」
アレンが神田と夜警を始め、それを断ったのは初めてだった。
「…体調を崩したか?」
心配しアレンの顔を覗けば、彼は慌てた様に首を振っていた。
「いえっ!!今日の月齢は十五…満月ですよね?」
「?あぁ。」
それがどうした?と聞けばアレンは苦笑し、神田の顔を見て説明し始めた。
「僕等見たいな混血児は、人間から精気を貰ってやっと一人前だと知っているでしょう?…それ以外で、力が極端に落ちる日が有るんです。」
「それが満月なのか?」
神田の声にコクリと頷いて、アレンは神田に向き直った。
「夜になれば僕は容姿が変わります。ユウにはそれを見てほしくない。」
「はぁ!?テメェ…どういうつもりだ?」
苛立ちの為か神田の目が据わってくる…。
「イエッ!!その…この日は人で言う物忌みみたいなモノで…」
「なら見ても平気じゃねぇか。」
どれだけアレンが神田に言っても上手いこと流されてしまい、結局夜警は中止してアレンの十五夜の夜が始まった。



日が陰り夕刻を過ぎれば、秋の虫が一斉に鳴きはじめ夜の訪れを知らせる。
「…ぁっ!…くぅっ!!」
アレンの鼓動が一つ大きく脈打つと、アレンを燐光が包み始めた。
「…んっ!!アァッ!」
アレンの苦悶の声が止むと同時に、燐光も天へ還って行く。
それを見送り、神田はアレンを見た。
『確かに変わってるな…。』
稲荷に近しい姿はかけらも無く、目の前に居るアレンの姿はヒトと同じ物だった。
「ュ…ウ?」
「綺麗な亜麻色だな…。」
髪を一掬い指に絡め、変わる事のなかった瞳を覗き込む。
「ユウ?」
見詰めれば漆黒の瞳に甘い色を溶かしていて、アレンは鼓動を高鳴らせる。
「アレン、今夜は客が来る。お前も気に入る筈だ。」
「…え?やっ!?僕言いましたよね!この姿を見せたくないって!!」
大慌てで神田に詰め寄れば、人の悪い笑みを携えたままアレンの顔を見ている。

「俺に隠し事をしようとした罰だ。…清明と若菜も喜ぶぜ?」

そう、のたまう主人にアレンは叫んでいた。
「ひ…卑怯者〜っ!!」
「何とでも言いやがれ。」
そうして、アレンの本当の意味での受難の一夜が始まったのだ。

 
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