†闇と翡翠の聖書†

□沈みゆく陽炎
1ページ/6ページ


※最終巻ネタバレ含みます!嫌な方は回れ右!※


夏休みは憂鬱だ。

ハリーの頭を占める思考は、夏休みの課題をいかに片付けるかではなく暗雲としたモノに支配されていた。
先日シリウス・ブラックが冤罪であったとわかり、やっと嫌なこの家から出れると思っていたのに…。
それは一瞬の出来事で泡の夢へと成り果てた。
「……僕、そんなに多くを望んだ事なんて…あったのかな?」
暑い夏の日射しに、舗装された道路から陽炎が立つ。
ユラユラ煌めく陽炎は、掴み損ねた泡の夢を体現しているようだった。
「別に魔法使いの英雄になりたかった訳じゃないし、ヴォルデモートに選ばれたかった訳じゃない…。父さんと母さんが居ないから、仕方なかったかもしれないけど……本当は家族で、幸せに生きて居たかっただけなのに…。」
願ったのは『普通の家庭で暮らす事』。
でもそれを望む事すら罪だと言うのなら…。
「全部、陽炎の中でみた夢であれば良かったのに。」
フッと自嘲気味に笑い、ハリーは魔法薬学の課題に手を付けだした。
魔法薬学は本当は嫌いじゃない。
暗い地下室で行われる授業も、レポートも…理解すれば楽しかった。
でも、いくら出来のいいレポートを提出しても友人のハーマイオニーには勝てなかったし、授業を完璧にこなそうとしてもスリザリンのあのデコッぱちから妨害を受ける。
「……そう言えば。去年からだったよね…レポート二枚書くようになったの。」
魔法薬学の正確なレポートは、提出されることなく自分の手元に何枚も何枚も残っている。
「セブルス・スネイプ…嫌いで居れれば良かったのに………もう…高望みなんてしたくないんだ。」
儚い夢や、狭間の蜃気楼の様な彼の薬学教授に抱く想いを断ち切りたかった。
「ま、同性で、自分が大嫌いだった男の息子で、しかも生徒で……嫌われてるグリフィンドール生に告白なんかされたら呪いでもかけられそうだ。」
うんうん、と自己完結させて羽ペンを羊皮紙へと走らせ始めた。



幾時間、教科書と羊皮紙を睨み続けただろう。
フッと窓へ視線を向ければ、夏の日が沈み始めていた。
「…紅い。」
沈む太陽の色は茜色…全てを呑み込む紅蓮の業火…。
「…いつかは僕も……あの業火に焼かれる時が来るのかな?」
ポツリと呟いた言葉は、誰にも届かずに霧散する筈だった。

「…貴様はどこまで愚かなんだね?」

低く通ったバリトンの声がハリーの耳朶に届き、慌てて振り向いた。
視線の先には、夜よりもなお暗い闇色を纏った自分の想い人…。
一瞬息をつめたがハリーは深呼吸し、二回目に書き上げたレポートをスネイプの眼前に差し出す。
「まさか、スネイプ教授からご足労頂くとは思いませんでした。…今は見ての通り、夏期休暇中の課題を片付けている最中ですよ?」
何処が愚かなのか解らないと言う風体を貫けば、この男は怒って帰るだろう…。
そう思って、のらりくらりと話しをはぐらかそうと作った笑みを浮かべた。
 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ