※鬱+病み













「んだ、コレ?」


男鹿は首を傾げた。幼児の玩具みたいに単純な動作で、首を傾げた。

男鹿は華やかに色付いている少女の首を躊躇いもなく、力強く外し、綺麗な少女の首を並べ続けた。





ただただ、並べ続けている。
その動作に目的があるならば構わない。本来、この可憐な少女の目的も外していくことや並べていくことにもあるといって過言ではない為、行動そのものに文句をつけるつもりはない。しかし目的もなく外す、嵌める、並べるを繰り返しているのは残念ながら気持ちが悪い。少女の愛らしさに、男鹿の喧嘩慣れした太い腕が、鋭い目元が、粗雑さが全くもって似合わない。
そんなふうに若干の引きがあったオレを全く気にせず少女の首と胴体を並べ続けては首を傾げていた男鹿は、やっと思い出した、とばかりにガキのような笑みを口元に浮かべた。


「お、そうだそうだ、思い出した。コレってアレだろ。カノカノ何とかっていう壺。昨日、深夜番組の特集で見たんだ」


エジプトかぁ、と満足げな男鹿は間違いなく馬鹿なんだろう。海外旅行土産としても極一般的なマトリョーシカを眺めながら、カノカノ何とか、で決まりらしい。確かに似ていないことはないが、せめて間違った方の名前くらい覚えておくべきだ。人間にありがちな度忘れ等という言葉で片付けたいならば双方の名前だけは覚えていてほしいものだ。ましてや、男鹿くらいの脳ならば、まだまだキャパには空きがあると信じている。空きがないわけがないではないか。通常の人間でさえ脳にキャパシティが有り余っているらしいというのに、勉強って例えば?な男鹿のキャパが埋まっているということはあるまい。今更かもしれないが男鹿は馬鹿なんだろう。間違いない。馬鹿、馬鹿、馬鹿、ばぁか


「…マトリョーシカだよ、馬鹿男鹿」
「あ?んな名前だったか?」


胸の内で何度も何度も繰り返した罵詈雑言は当然聞こえるはずもなく、代わり映えのしない死んだ目にも慣れている為か、あまりに自然に尋ね返されたので自然に受け答えしてしまう。


「いや、エジプトのはカノピックジャーだからカノカノ何とか?でいいんだけど、お前の目の前に存在するコレはマトリョーシカだって話だよ」
「何言ってんだ?エジプトのヤツは何とか壺なんだって」
「カノポス壷だろ。カノピックジャーとも言うんだって」
「んー…まぁ、似たようなモンだろ。それになんか同じに見えんじゃねぇ?」


ほら、と差し出される少女の首と何も考えていなさそうな破天荒な男鹿、男鹿の間違った博識っぷりに眼を煌めかせるベル坊を順番に眺め、一息吐く。


「いいケドな」
「何だ、イヤに投げやりじゃねぇか」
「投げやりにもなるわ、馬鹿なんだもん」


馬鹿じゃねぇよ、あと高校生男子がだもん、とか言うな、と小突かれて苛々した。社会人ならともかく、学生なら話し方なんて相手によってはそんなに気を遣わなくてもいいと思う。男鹿は自分が出来ないくせに(というよりも出来てもしないだろう)他人には注意するんだから面倒だ。まぁ、礼儀がわからないとか人間関係面倒がる奴というよりは、それこそ何も考えていないだけなのだろうけれど。


「まぁ、確かにどうでもいいな。来世とかよくわからんし」


意外と覚えてんだ、まぁ昨夜の今日だしな、等と下らないことを脳内一周分考えてから、オレは何だか透明になって、


「好きだよ、オレは」


ぽつり、と呟く。男鹿の三白眼が無知に歪み、言葉の続きを待っている。誰しもが男鹿のようにどうでもいい、なんて思えない程に世界は適当に廻っている。そんな、どうでもいいことが更に脳内をくるり、と回った。


「そういうさ、有りもしないことを信じてみることとかさ」
「…、お前は現実主義じゃねぇか。既に有りもしないって言っちまってるし」
「はは、現実主義者がユメ見ねぇとか思ってんの?馬鹿じゃねぇ?」
「馬鹿じゃねぇよ、阿呆市」
「馬鹿男鹿には言われたくねぇな」
「おっ、…」


飛び出し掛けた言葉は呑み込まれ、不自由な溜息が一つ洩れた。後ろ頭に手をやって、困ったように眉間に皺を寄せ、男鹿は少しだけ柔らかく言葉を濁す。


「…、お前は何が言いてぇんだよ」
「別に」


言葉尻を押し潰すように冷たく吐き捨てた声は思った以上に固く、オレの不機嫌に男鹿は困ったような顔をした。男鹿の無知だとか横暴さだとか限りない過保護だとか、そんな不自由に不器用な感傷は哀れな俺の脳内で煮立てられて苛立ちに変わる。なんてどうでもいい疎外感なのか。


「内臓」
「…、は?」

 
並べられた少女達の中にびちゃりと投げ込まれる心臓、ぬるりと這う血管、ぐちょぐちょと役目を無くした器官の遺骸、妄想がうっかりリアル、で自身でさえも驚いた。人体模型にかじりつくような趣味も生活もしていないというのに坩堝で塩漬け、薬草が少々、所詮己が体内の残響に渇いた心が鳴く。


「内臓突っ込むんだよ、来世の為にな」


母なる海で水洗い、父なる社会で押し潰し、類い希なる生け作りの出来上がり。歴代の傾国達も真っ青で豚を呼ぶ、蛇を呼ぶ、山羊を呼ぶ。


「復活した魂が戻ってきた時に身体が腐ってたら意味ねぇだろ?だから、より腐りやすい内臓の保存状態をよくするんだ。コイツに入れてな」


歪んだ唇。歪んだのではない、笑みが宿ったのだ。空っぽになれば来世をユメ視ていいというのならば、生物の外観等、余程とるに足らないことに違いない。生物の生命とは本来、内に宿るものであり、趣味で外装に捕らわれる人間等というものは笑止千万この上ない。なんてどうでもいい劣等感なのか。


「、古市は」


己の外装等には目もくれず、ただ一人の脆弱な他人の外装には酷く拘る珍妙なる生物は言う。


「寂しいのか?」


少女がはねる。数個の首が割れて、数体の身体が破片となり、散らばる。
一人の脆弱な生物を抱き締めようとすり寄った、最強の喧嘩屋の膝に負けた少女たちの欠片が悲しい。理由も不満も、原因も緩衝もない。ただ闇雲に哀しい。


「オレはお前を裏切ったりしねぇぞ?」


裏切らない、そう言いながらオレの身体を抱き締める腕は人間の腕だった。理屈も反省も、結果も衝突もない。ただ闇雲に可笑しい。





来世をユメ見るくらいには、オレは生物として自然に凡庸に幸せではないらしい。


微々たる不安を抱えるだけで空に跳んでしまえるだろうオレは、目の前の人間に向かって、微笑っていた。









視界の端で捉えた、死んだ少女の中身は空だった。

壺なのだから当然、か。





















 

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