※軽病み(+鬱
 溺愛













「あれ?っかしーな?」


上手く作動しなくなったパソコンに焦れて再起動を選択しようとした手を止める。調子がおかしくなった機械を、起動時の自力修正のシステムに頼ってどうにかしようとする人間は少なくないが本来はあまり好ましいことではない。出来れば問題を検索するか、表示されるのを待って、提示された問題に合った補助システムをインストールする等が望ましい選択と言える。
今回も少し弄ってやるとインストールが始まった。この程度ならば余程おかしな使い方をしていない限り十分程で全て片付くはず、と待っているように指示すれば、古市は素直に頷く。
それから頷いて数秒後、首を捻った古市の発言は実に的を射ていた。


「…、男鹿って機械得意だっけ?」


元来大雑把な性分だ。細々とした機械関係が得意なわけがなかった。ドクっ、と大きく跳ねた心音に言うべき言葉が見つからず、無意識に目を瞑る。


「まぁ、あんだけゲームやってたら得意にもなるか」
「…、まぁな」


勝手に答えを出した古市に安心した。









近年は科学も医療も、何もかもが発達に進化に色々と進みまくりで、そのおかげで、



部屋に戻っても「フルイチ」がいる。





















例えるならばゲームだって進みまくりで、値段は些か張るがなかなかに本物らしい「人間」を作り、その人間が動いたり、歌ったり、時には会話をしたりすることさえ出来る。そんな似非に入れ込んで恋愛ゲームや擬似的ゲーム等に心酔するヤツはリアルに不満のあるヤツで、そんな対象となるゲーム等は寂しいヤツの暇潰し、と当初は馬鹿にしていたその技術の最先端にオレは今、ハマり込んでいた。


「ただいま、「ふるいち」」
「男鹿、おかえり。遅かったな」


インカムを通して話せば「ふるいち」はにこりと笑った。いつもの笑顔がそこにある。オレがそう思っているんだ、間違い等あるはずもない。


「…、遊んでた」
「あんまり遊んでると今以上に馬鹿になるぞぉ」

 
本当の古市に出来ないことを、させたくないことを、「ふるいち」相手にやっているということはない。ただ一日のオレと「フルイチタカユキ」の、二人の時間を増やしただけ、それだけだ。在り来たりに「本物」の「フルイチタカユキ」の代わりをさせるような思いとは別の感情が、オレの背中を押していた。何、と言い表すことさえも出来ない「フルイチタカユキ」への何とも言えないただの感情だけが揺れている。













「人間」を作るシステムとやらに、協力するようになったのは一週間程前の事だ。


「失礼を申し上げるようですが、この「人間」を作るシステムを発展させる為には、出来るだけ機械関係が得意ではない方がなさって下さった方が都合が良いのです。何故かと申しますと、このシステムの利用の一つには遺された方々の心の支えにする「永遠に個人の人格を残す」ことも上げられているからなんです。個人のデータと画像を元に、個人が答えるだろう言葉を計算し、計算結果を音に変換しながら画像の表情にも合わせていく、といったような従来の方法ではやはり誤差が生まれやすく、誤差が生まれた際に生じる利用者の方の精神的な御負担は免れられません。かと言いまして、若い内から出来るだけ多くのデータを蓄積しておこうにも近年の晩婚化等から考えましても、大切な人のデータが必ずしも若い内から大量に保存しておけるとも限りません。また、データ収集に時間がかかるとなりますと完成時において、このシステムを必要として下さいます御年配の方々には御使用出来ないということになってしまいます」


淡い微笑みと真面目さを混ぜ合わせたような顔で説明した男のややこしくて面倒な物言いに、なるほど、と頷いたのは姉貴だった。


「つまり、機械が苦手だとか多少忘れた記憶があるだとかで、少しのデータしか拾えない利用者が使用したのであろうと「完璧に近い個人の再生」が出来たらいいな、でシステムの手直ししていて、その実験サンプル的なモノに、この馬鹿が選ばれたわけね」
「…、噛み砕いて表すのでしたら、そうなりますかと」


明らかに「馬鹿のサンプル」が欲しい、とまとめた姉貴に男は困ったように頷いた。ご機嫌を取りつつ話を進めるのが社会人の常識だったのだろうに、明け透けにまとめられては話を断ち切られたようなものだ。


「やればいいじゃない」

 
しかし、そんな話を続けようとするのも姉貴、相も変わらず読めない女だ。女同士でモテるとかいうタイプの類なんだろうが、男のオレには大不評だ。わけわからん、面倒だ。


「身体に害はないんでしょ?」
「はい。身体への悪影響がないことはマウスだけでなく研究員によっても既に証明されております。問題があるとするならば男鹿辰巳様、もしくは記憶内の方々の個人情報保護法や肖像権等に基づくデータ上の問題だけかと思われます」
「うん、いいんじゃない?うちの家族には縁がなさそうだけど社会貢献だと思えば。日頃、世間に迷惑かけまくってんだから丁度良い罪滅ぼしじゃない」


本人には決定権がないのか、あっさりと快諾する家族という名の他人は満足げに再度頷いた。相手の男も、こういう家なのだろうと言った具合にそれでは、と携えてきた箱を開き出した。取り出されたのは少々ゴツめのヘッドホンに見える機械だ。


「インターカムを装着して頂いて「再生」したい方を意識して下さい。インターカムからデータを収集、及び「再生」のデータをお繋ぎしてやりとりが可能となりますので、装着してからのオン、外す前にオフ、にすることだけはお気をつけ下さい」


蓄積したデータにズレが生じやすくなります、と言われ、元来大雑把な人間には向かないだろう、と思った。


「男鹿様の部屋に設置させて頂きましたパソコンに受信機を内蔵致しましたので、パソコンの十五メートル以内での御使用が可能ですが、十五メートル以上離れますと自動的にオフの状態となりますので御注意下さい」


非現実的な魔王に続いて、また十五メートルか、と思い、肺に重く溜まった息を吐いた。
うんざりだ、そう思った。面倒だ、とそう思った。オレに再生したい人間がいるとするならば、ソレは間違いなく幼なじみの古市貴之だった。オレは古市を愛している。幼なじみだとか同性だとか、そんな一般常識的な次元から明らかにはみ出した感情を抱いている。その存在の消失を否定してまで再生したい程の愛してやまない対象等、古市貴之をおいて他にはいなかった。しかし、古市は今も尚当然のように生きていて、これからもずっと傍に居続けるというのに、何故わざわざ二次元の偽者と毎日会わなければならないのか。逢いたいと思えば逢えるというのに、そんな幼稚で安易な考えを覆す為に、こんなにも馬鹿げたシステムを生み出したのだろうか、この男等は。全くもって御苦労この上ない話だ。


 
そう思っていたのだが、大事なことなんだろう、社会貢献になるだろう、と余計な世話を焼く姉貴筆頭たる家族のせいで、結局毎日御丁寧にも回線を繋いでいた。そして更に、もう一つ余計な話をするのならば、開始からたった半日でオレは家族からの世話を必要としない程に「ふるいち」にハマり込んだ。


「「ふるいち」は今日、何してた?」
「えぇー、普通。何もないよ」
「まったく本当に「ふるいち」は「ふるいち」だなぁ」


うっせ、と眉間に皺を寄せながら優しい呆れ顔の画面に、温かいような、こそばゆいような感じがして、思わず画面に手を伸ばしたが「ふるいち」はするり、と画面の向こうに逃げる。何だよ、と言って笑う「ふるいち」は何の屈託も不自然さもない「フルイチタカユキ」だ。



微笑う

見詰めて
叱って、
拗ねる









平面を占める愛する男の表情に、唇が歪んだ。





















 

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