※(銀)土+沖





自己弁護が必要ならば、いくらでもどうぞ。その代わりに弁護の数だけ貴方の心を八つ裂きに致します。


覚悟はよろしいですね?











「ねぇ、土方さん」


秋等とうに過ぎて、仕事に追われる師走時、仔猫にも満たない少しの気配が障子の向こうで口をきいた。


「入れ、何かあったか?」


何かあってもそう口を開く奴ではないと承知で言った。無断でズカズカと入ってきて、勝手にくつろぐのが常だというのに、声を掛けるに厭きたらず、奴は未だ障子を飛び越えて来ない。
淡い気配だけが鎮座する、薄い沈黙が広がっている。昨今厳しくなってきた夜冷えに、あの悪餓鬼染みた憎らしさが嘘のように脆弱な身体が負けてやしないか、と心配になる。それでも、立ち上がって障子を開けてやるのは間違いのような気がしていた。


「明日からはいい子になりやすから」


手元に外され置かれた時計で、五分程過ぎたと思ったあたりで落ち着きがなくなってきた所に、漸く次の言葉が続いた。闇夜に這う、か細い声だ。厭に渇いた喉の傷みを感じながら、改めて時計を見れば十分と少し経過している。そろそろ風邪をひいてしまいそうだ。


「今夜だけ、」


風もないのに蝋燭の灯が揺れたことに音を立てずに驚いたが、言葉の続きを待つ自身が息を呑んだせいだと直ぐにわかり、些か場違いにも恥ずかしく思った。しかし、早く、早くと急く自身を抑えつけ、青年の言葉を出来る限りに静かに待ってやる手段はあまりに少ない。今にも立ち上がりそうになる身体を抑える手段は、息を呑み、呼吸を殺すことくらいしかなかった。


「今夜だけは、布団に入れてくだせぇ」


アイツ怒るだろうな、等と一瞬だけ恋人を脳裏に思い浮かべながらも、あっさりと立ち上がり障子を開けた。腕っ節だけが取り柄の此処で誰よりも強い青年の、頼りなげな薄い肩とうなだれて読めない表情が庇護欲を誘う。優越感等欠片もない純粋な庇護欲が、悲しくて堪らない。


「布団冷たいんだろ?仕方ないから入れてやる」


それだけ言って布団を敷こうと、青年に背を向けた。
敷かれていなかった布団と、彼の眠りを許さなかった布団のどちらが冷たいかなんて分かり切っている。どちらも同じだ、物理的には。
引っ張り出した布団を敷く間も青年の気配は微動だにしない。冷たい板上に、叱られるのを待つ幼子のように沈黙している。沈黙が淡い月光に照らされ、妙に浮いている。布団を敷き終わり青年を見るが、それでも全く動かなかった。そりゃ、そうだよな、と朧気に思う。同じでは意味がない。寄る辺ない冷たさに怯えたままでは意味がないのだ。


「、総悟」


先にそろりと布団に潜り、名前を呼んで、隣を軽く叩いてみせた。
布地を叩く浅い音に、ぴくりと肩が揺れるのを見た。それから無言で静かに部屋の中へと膝歩きをし、障子を閉め、また膝歩きをする青年を目で追う。それに幼子の仕草だなぁ、とぼんやり思ったが、微笑ましい気持ちにはなれなかった。それだけ、この青年が寂しさやら不安やらを抱えているのだと考えてしまったからだ。
そろり、と隣に収まる青年はやはり随分と冷えていた。


「…、狭くないですかィ?」
「テメェの言い出したことだろ、我慢しろよ」
「そうじゃないんでさァ」


微弱に洩れた声は夜に響いた。普段と変わりない生意気な科白に、少しの安心感を見出すが、否定の言葉が続けられた。青年は潜り込むと直ぐに胸に顔を寄せてきた為、つい抱き込む体勢になってしまったことで表情を読むことは叶わない。それでも、少しでも青年を理解してやりたいと、耳を傾ける。


「土方さんが、狭かねぇのかな、て」


曇った声は何処までも無表情だった。しかし、助けて、と無音の声が重なっているように思われた。
この愛おしい悪餓鬼に殊勝な態度を取られると、どうにも居心地が悪くなる。どうしようもなく、気恥ずかしいような息苦しいような心持ちになり、ぶっきらぼうに呟いた。


「…、あったけぇよ」


よかった、と小さな声がした。







神様、どうして人間はこんなにも愚かなんでしょうか。こんな小さな餓鬼を救う所か、慰める為に差し伸べた手にさえ意味がないだなんて残酷過ぎやしませんか。神様、人間は何の為にいるのでしょうか。助けられもしないくせに、何故こんなにも愛おしく思ってしまうのでしょうか。そこには、人間に教えられないような理由でもおありですか。

神様、もし、どうしようもない等と片付けてお仕舞いになるならば、自己弁護が必要ならば、いくらでもどうぞ。その代わりに、と弁護の数だけ貴方の心を八つ裂きにする所存でいます私めを、どうぞ御許し下さい。


それでは、覚悟はよろしいですね?


 
神様、神様
神様









さよなら



さよなら、神様











文机の蝋燭が消える頃には、何事もなかったように青年は消えてしまうのだろうな、と思いながら、ゆっくりと目を閉じた。





















 

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