先生×幼稚園児(幼稚園パロ)













四年前、俺は大人気無くも恋をした。



俺は、丁度四年前から保育を含む幼稚園となった此処に、伝手で働いている。担任として各部屋を保育、年少、年中、年長と一年ごとに移動していることからも察して頂けるように、俺は一つの決まったクラスを卒園まで面倒見ている人間である。

そこで一つ、改めて言わせて頂きたい。

子どもは可愛いなんて幻想だ、自分のガキどころか他人のガキの面倒までみるなんて冗談にもならない、と。騒いで暴れまわる未知の生物こそがガキの正体だ、間違いない。
当初から現在にかけて、更に現在進行形でそう思っている俺なわけだが、働かなくては人間生きていけないというのが常識というヤツなので、この園の園長にして保育園、幼稚園、小学校の先生になりたい人間にとっちゃ神様とも呼ばれる女帝に唆され、資格を取り、結局面倒をみまくってしまっている。全くもって、古い付き合いとは色々と便利で悉く不便なモノである。


「ライダーキィックゥゥゥゥゥっ」


か細い足で行われた可愛いお遊び、なんて考えるべからず。ガキって生物は手加減を知らないので大体の攻撃がか弱いんだし地味に痛い程度なんでしょ、なんて話じゃ収まらないものになる。


「銀ちゃんダサいネ、あんなヤツの攻撃くらい軽くよけてみせてヨ。進歩のない」
「せんせぇぇぇ、だいじょうぶぅ?あやめの愛の看病でばっちりみっちりパッキリ治してあげるわぁぁぁっ」
「…パッキリって、どっか折れちまってんじゃねぇか」


スキンシップ代わりに、と痛い思いをしてやったところで、昨今のガキは歪んでいて毎日がこんな具合だった。いい加減に潤いが欲しい。こんな荒んだグダグダ生活なんて嫌だ。真っ平御免被りたい。まだまだピッチピチ二十代なのに既に枯れそう、とか嫌過ぎる。ピチピチ、なんて死語とか言う奴は是非とも死ねばいい。




「せんせ…、だいじょうぶ?」


メソメソと己が境遇に嘆く不憫この上ない(等と実際に口にしたが最後、園長のババアに締め出されそうだが)俺に天使の歌声が掛かる。がば、と勢い良く見上げれば、今にも泣き出しそうな大きくて真っ黒な瞳が愛らしい少年が一人。


「大丈夫、大丈夫。銀さん大人だからね、強いの。そんなに心配しないで」

 
安心させようと、そう言ってへらへらと軽く笑い掛けて見せれば、馨しき一輪の華、と言って過言ではない柔らかく温かな微笑みが返される。正しく天使の微笑み、幼稚園児のソレなんかではない。


「せんせ、つよいもんね。かっこいい」
「ありがと、土方くん」


可愛い、可愛い、可愛い。
前言一部撤回。
子どもでも土方くんだけは可愛い。俺の唯一の潤いだ。抱き上げて頬を摺り合わせると、耳元でくすくすと小さな微笑い声、うんうん、先生幸せだよ、等と勝手に満足しておく。するといつも通りの、せんせい、ひいきはいけやせんぜ、となかなかに雅な江戸弁が聞こえ、はいはい、と軽く往なす。江戸弁を発した園児である沖田はやれやれ、と肩をすくめるポーズで溜め息を吐いて見せる。嗚呼、いつも通りだ。
沖田が手慣れている、と言わんばかりに可愛気のなさを発揮しているが、これは沖田本人のマセた性質のせいだけではない。実際にこの四年間、何時も何時も変わらずにこの調子だったのだから、沖田の反応は実に自然だった。隠し立ても一切なく彼を猫可愛がりをしてきた日々を、此処にいる誰もが知っている。今となっては懐かしいだけの日々が、そう呟いた気がした。


「まぁまぁ、そろそろ並べよ?入場の時間だ。ビシッと決めてくれな」


俺の言葉が通じたのか通じなくとも結果は同じだったのか、式はガキなりに厳かで、御家族にゃ感動モノの光景で、別れに慣れているはずの先生方でさえも感動気味に見守っている。極々自然な卒園式。
そんな中、何だかんだで可愛がった奴等が巣立っていくってのに、今朝からの俺には涙のなの字もない。可笑しな高揚が充足感に変わっていくのを理由もなく冷静に眺めているだけだ。こんな俺でも感慨深い、という思いにはなれたらしいが、それでも別れに涙出来る程、大人にも子供にもなれずにいた。薄情な担任もいたもんだ。


「、おめでとう」


園長の演説に重ねてみた言葉は、最後の最後まで底意地悪くて、ちっともまともな音になんてならなかった。


「せいぜい強く生きなせぇよ、残りの人生も背後には気をつけな」
「そうごのキックなんてどうでもいいネ、わたしの方のがスゴいアル。ド頭ぶち抜かれたくなけりゃ気をつけるよろし」
「せんせ、さっちゃんはりっぱなお嫁さんになって戻ってくるんだゾ。たのしみにねっ」
「ムリにでも甘いモノはひかえめでお願いしますね」
「せんせ、さようなら」
「せんせ、さよなら」

 
また明日、みたいに叫ばれる声は明るくて、もうランドセルは買ってもらえたんだろうな、とぼんやりと考えた。
さよなら、さよなら、何だかんだで俺を好いてくれていたらしい子どもたち。今日までの四年間のように、この先もお前等なら何処かで自分らしく生きていてくれるんだろう、と俺は信じていられるから、もう何の心残りもない。さよなら、さよなら。騒がしくて煩わしくて鬱陶しい、優しい思い出をありがとう。もう思い出に刻んでしまったから寂しくも悲しくもない。極々自然でありふれた別れでしかない今日の日は綺麗な思い出になって、何時か訪ねて来てくれる奴でもいれば話のネタとして消化されてしまう。その何時か、の為に思い出として眠るだけの今日の日だ。麗しき目覚めまでは埃を被っていてくれなくてはならない。大切に桐の箱に、なんてしないさ。少し乱雑に扱ってやらなければ、捕らわれて前に進めなくなる、と大人で子どもな俺は知っている。ただ、


ひとつだけ、大切にしたいものがある。

君の未来を奪いたいわけでも、壊したいわけでもなく、思い出にするには歪み過ぎた偽りの日々でしかなかったから、どうせ諦めきれない思いならば、


「せんせ、だいすきっ」


大好き、そう言って泣きじゃくる君は本当ならば唯一在り来たりに見られるだろう。誰もいない夕暮れの中で担任に抱き締められ、泣きじゃくる君はあまりに自然で、口から洩れる言葉は全て、いつも通りでしかない。


「ずぅっと、ずっといっしょだからね?まっててね?」


そう言って、またいつも通りに唇を重ねる。赦されない、と知りながら、誰にでも愛されるがあまりに担任の猫可愛がりで済まされてしまった四年間は、思い出にするには重過ぎた。何度も何度も重ねた唇の意味を、この子が知る日は来るのだろうか。忘れてしまうかもしれない。歪な思い出として処理され、消化されてしまうのかもしれない。それとも人生の汚点として密やかに憎まれたり恨まれたりするのだろうか。


「先生も、土方くんが大好き。大好きだから、」


そう言って綺麗な涙と共に微笑ってくれる君の一時の迷いを信じていること、それが俺の一生モノの「大切」だ。


「…、待ってるから、ね?」


思い出にさえ出来ない愚かな俺を許さなくていい。君は君のままで自由に生きて。今日のこの日を忘却しようと、過ちにしようと構わない。俺がいない世界で、君が幸せになれますように、と偽善と欺瞞で祈るから、
 
君だけはどうか幸せに。

ただ俺だけは思い出から切り離された世界で、残りの一生がどんなに長かったとして、どんなに沢山の出逢いをしたとして、どんなに素晴らしい幸せを手にしたとして、


きっと、君しか愛せない。





















夢から醒めるように瞼を押し上げれば、夕暮れが眩しかった。一日の終わりは、小さな世界の終わりでもある。
差し込む夕日は金色の素足を伸ばして緋色の足跡を残している。訥々と訪れる春の夜を思い、園の戸締まりの為に立ち上がったはずの足がゆるり、と止まる。同時に孤を描く唇に、影踏み鬼の鬼役が微笑みを返した。


「、先生」


遠き日に見た白い肌も漆黒の髪も、凛とした眼差しも、何もかもが変化しながらにして全くの変化を寄せ付けない姿で、青年は微笑う。薄く、整った唇から洩れ響いた音色の懐かしさに胸が熱く戦慄く。





伝えたいことは我が身を溢れる程にあり、しかし、伝えるべき言葉は一つだけだった。あの日から今日まで、何一つだって変わらずにいる全てへの変化を促す、あの言葉だ。


「おかえり、十四郎くん」


先生、と鳴いた青年の唇を奪う。青年は淡く微笑んで、背中に腕が回されて、あの日から今日まで、何一つだって変わらずにいる全てへの変化を促す腕の温かさに浸る。





どんな正義があろうとも、どんな困難があろうとも、どんな悪夢の先でさえ、



これから先の未来を、君と歩もう。





























 

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ