長編小説
□柔らかい檻
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「…ただいまョ…」
ガラガラと、万屋の扉を開けると、中からは暖かい空気と、笑い声が流れて来た。
「おっせーよ、どこで油売ってたんだよ?もう先に始めちまったぞ」
「大丈夫よ神楽ちゃん、お肉は確保しておいたわ」
銀時の隣でニッコリと微笑むお妙に、神楽は曖昧な笑顔を向ける。
「先に手洗って来なよ、今風邪流行ってるからね」
その間に新八が神楽の茶碗にご飯をよそる、いつもの神楽が大好きな万屋の風景だ。
だが、神楽の心には先程の沖田とのやり取りが澱のように心に沈んでいた。ぎゅっと手を握り締めると、神楽は重い口を開く。
「ごめんアル、今日これから友達と約束があって、その子のうちに……泊まる事になってるネ…」
「は?さっきは何にも言って無かったじゃねーか」
「うん…公園でバッタリ会って…、もう行くネ」
早口でまくし立て、神楽は玄関へと向かう。
「神楽ちゃん!?ちょっと、友達って誰かぐらい…」
後ろで新八が叫ぶが、聞こえない振りをして、玄関を飛び出した。
「随分早かったねィ」
カンカンカン…
階段を下りた所で沖田が壁に寄りかかって待っていた。
「…お前が早くって言ったんじゃねーカ」
「ちゃんと約束守って偉いねィ、誉めてやるぜ」
沖田は薄く笑うと、神楽の頭に手を乗せる。
「………」
バシッ
神楽は無言でその手を払いのけると、沖田を睨み付けた。
「…自分の立場、分かってんだろ?」
笑みを崩さず、沖田は神楽を見る。
「…分かってるヨ、行くなら早くするアル」
神楽はその視線を避けるように、下を向くと暗い道を歩き出した。
「神楽ちゃん、どうしたのかしら、何か様子がおかしかったけど…」
「アイツがおかしいのはいつものこったろ?ほっとけよ、アイツもそんなガキじゃねーんだからよ」
銀時は興味無さそうにすき焼きをつつく、新八とお妙はお互いに顔を見合わせると、神楽が出て行った扉へと心配そうな視線を向けた。
「…こんな所に連れて来て、何考えているアルか?」
「さーなぁ?」
沖田は神楽を真撰組の自室へと連れて来ていた。
こんな時間に少女が…と、みんな訝しげな視線を向けていたが、真っ先に口を出しそうな土方と近藤は遠征中でおらず、他の隊士達は沖田の一睨みで蜘蛛の子を散らすように、みんな居なくなってしまった。
神楽は出来るだけ沖田に近寄らないように、距離をあけて座り込むと、警戒心丸出しのピリピリとした空気を全身から出していた。
「そんなに警戒してんじゃねぇよ、別に取って喰おうってんじゃねぇしなぁ」
「信用出来ないネ、変な事しようものなら、再起不能になるまで叩き潰すヨ」
自分を脅しておいて、いつもと変わらず飄々とした態度の沖田に、神楽は苛立ちを隠せない。
「…変な事ねぇ」
沖田はそんな空気を気にする事無く、ポリポリと頬を掻くとゆっくりと神楽に近寄って行く。
「…近寄るな!!」
威嚇しながら、ズリズリと後ろに下がるが、すぐに壁にぶつかり逃げ場が無くなってしまう。
「近寄るなって言われたら、なお追い詰めたくなるもんでさぁ、お前、サドの性格理解してねぇな」
沖田はニヤリと笑うと、神楽を囲むように壁に両手を付いた。
「…っ!」
「逃げられねぇよ」
神楽は壁と沖田との隙間からくぐり抜けようとしたが、腕を掴まれ、ドサッと言う音と共に、そのまま畳の上に押し倒されてしまう。
「いっ…たっいアル…!」
したたかに打ってしまった頭を押さえ、涙目で上を見ると、感情の読めない赤い瞳とぶつかった。
……怖い。
神楽は無意識に身体が強張るのを感じた。今までも死線を潜り抜けたりして、命を落とすかもしれない恐怖を感じる事は、多々あった。
だが、今感じている恐怖はそれまでのとは違う…。
沖田の視線の奥に、今まで向けられた事の無い『男』としての気配がある事に、神楽は酷く怯えていた。
「い…、嫌…だ…、ぎ…ちゃ…」
無意識に大好きな人の名前を呼ぶ。