短編小説U
□終わりの始まり。
1ページ/1ページ
サヨナラ、バイバイ、また会おうね。
別れの日は、清々しい程の青空が広がっていた。
「…もう、ここに来る事も無いアルな…」
履き潰した上履きで、一段一段、踏みしめるように階段を上がって行く。
錆びた手すりに掴まり、屋上へと続く階段を見上げると、何だか少し泣きたくなった。
「卒業式でも泣かなかったのに、涙腺がバカになってるネ…」
制服の袖で涙を拭うと、屋上へと繋がる扉を開く。『ギィィィ』と、重い音を立てながら神楽は太陽の眩しさに目を細めた。
「本当にいい天気アル」
柵へと近づいて行くと、そこにはすでに先客が来ていた。
「…サド…」
「よぉ」
チラッと目を向けると、沖田は柵に寄りかかり、ボンヤリした目で、校庭を見ていた。
手には卒業証書を持ち、制服はボタンが全て無い為、下に着ているS印のTシャツが丸見えだ。
「…何でみんな、お前なんかのボタンを欲しがるアルか?」
「…知らねぇ、こっちはあっちこっち毟られて、いい迷惑だぜィ」
余程嫌な思いでもしたのか、小さく舌打ちすると、顔をしかめる。
「トッシーとゴリラは、一緒じゃ無いアルか?」
「土方さんは、下級生共のオモチャ、近藤さんは姉さんの後追いかけてんのが見えたぜィ…、お前こそ、メガネはどうした?さっきまで一緒だったろ?」
「…新八は銀ちゃんに呼び出されて行っちゃったアル、多分雑用押し付けられてるネ」
「お前は行かねぇの?」
「別にいいアル」
「…ふーんお前の犬、鎖から外れて、ヅラが襲われてたぜィ」
「…別に…いいアル」
「……泣くなよ」
「……うるさいアル」
ズズッと、鼻を啜る音が響く。みんなが居る前では、決して涙は見せたく無かった。
だから、誰も居ないだろう屋上まで、わざわざ来たのに…。
止めようと思っても、何故か沖田の顔を見たら、涙がボロボロ溢れて止まらない。
「…お前がここに居るなんて、計算違いだったネ…」
「鬼の目にも涙だな」
そう言うと、ゴソゴソとポケットを漁って、神楽の前に綺麗にアイロン掛けをされたハンカチを差し出した。
「…うっ、ありがとう…」
小声で礼を言うと、沖田は幽霊でも見たような顔をした。
それが気に食わなくて、ハンカチで思いっきり鼻をかんでやる。
「…ったく、今生の別れでもねぇのに、何でそんな悲しがるかねぇ?」
座り込んだ沖田の隣りにしゃがみこんで、神楽は不思議そうに沖田を見る。
「だって、もうみんなとバカ騒ぎ出来ないし、この学校ともお別れアルよ?お前は寂しく無いアルか?」
「別に、同窓会とかすりゃいくらでも会えるし、この学校もまた遊びにでもくればいいじゃねぇか」
トントンと、卒業証書で自分の肩を叩きながら、何時も通りのポーカーフェイスで神楽を見る。
「そうアルが…、学生としては、もう終わりアル…」
「いいじゃねぇか、終わるから始められる事もあんだろィ」
「…例えば?」
「お前が好きだ…とか?」
「………へ?」
ポカンと口を開けて固まると、ポンポンと、卒業証書で神楽の頭を軽く叩く。
「今日で最後だからねィ、いっとかねぇと損だろ?」
ニヤリと笑う沖田に釣られて、神楽も思わず笑う。
「損って…告白するセリフじゃ無いアル」
「返事は?」
私はコイツの前でだけは、泣けるんだよナ…。
口に出して言うのは照れくさいから、思いっきり抱きついた。
終わって、そして始まって行く。