森山夢
□忘れ物と心音
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「失礼するよ」
ネックレスをかける時のように、首に彼の腕がすっと回された。
「……え!」
急ぎ足の生徒を背景に、涼しげな相貌が目の前にある。
指がうなじあたりの髪を梳き、制服の襟を掠める。
くすぐったいような感覚に、深月は思わず目を閉じた。
「動かないで」
彼の声が、頭の中に響いてくる。
胸のすぐ上で手が動いているのがわかる。
想像以上に優しい所作に、深月はひやひやせざるを得なくなった。
「よし、いいよ」
深月はそっと目を開ける。
胸もとで動く気配がなくなって、心なしほっとした。
首もとに手をやれば、結び目が適切な位置にあって。
深月の目線の高さにあるはずの森山のネクタイが、なかった。
「あの、やっぱりこれは……っ」
お返しします、と言いかけて。
にっこりと笑みを見せた森山に、深月は何も言えなくなった。
「そろそろ行かないと。ホームルーム始まるぞ?」
「あ、はい……」
それじゃあね、と手を振った森山の背中が階段に隠れかけたところで、深月はハッとした。
せめてこれだけは!
「も、森山さん……!」
「うん?」
「あの、ありがとうございます。今日一日、お借りします」
深月はぺこりとお辞儀をする。
動きに合わせてネクタイが揺れた。
森山は少し目をみはって、笑いかけてくれた。
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