森山夢

□忘れ物と心音
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彼がくれたチャンスに、誠実に応えたい。

なのに、彼の好みが全くわからなくて。

これまで読んだものの中から見直してみたり。
普段は使わないネットで話題のものを見てみたり。

中堅作家より新人の方がいいのかなあ、などと悶々と悩んでいたら、寝るのが遅くなってしまって。
起きる時間も間違って、急いで支度をしたせいなのだろう。

家を出た時、首のあたりが少し軽いことに、深月は気づかなかった。







「やあ、深月ちゃん! おはよう!」

昇降口で、おそらく朝練後なのだろう森山に会った。

「あ……、おはようございます」

「朝から深月ちゃんに会えるなんて、やっぱりオレたちは運命に導かれているんだ」

一見すると爽やかなのに、どうしてか、周りに何か飛んでいるように見えてしまう。

深月が返答に窮していると。

「あれ?」

森山が何かに気づいて、自分の首……正確には鎖骨のあたりを、ちょいちょいと指差した。

「深月ちゃん、ネクタイどうしたの?」

「え?」

どうしたも何も、特におかしなところはーー。

森山と同じように深月も首もとに手を当てて、気づいた。

指先に触れるのはシャツのボタン。
その上にあるはずのネクタイがないのだ。

よくよく思い返せば、今朝はネクタイを締めた記憶がなかった。

「もしかして、忘れた?」

「そう、みたいです……」

顔を上げていられなくて、深月は俯いた。
およそ一年半、欠かさず身につけてきたものを忘れるなんて、高校生としてあるまじきことだ。

その上、彼に知られるなんて……。

「ネクタイなかったら困るだろ」

しゅる……と何かがほどける音がした。

「これ使っていいよ」

微笑んだ森山に差し出されたのは、今まで彼が締めていたネクタイだ。

深月は目をみはった。

「そんな……! それじゃあ森山さんが……」

「オレなら大丈夫。男子で締めてないヤツはいるし、朝練の後で息苦しいからって言えばいいしね」

「でも……」

森山の表情とネクタイを見比べて、やっぱりできない、と深月が断ろうとした時。
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