森山夢

□シトラスな先輩
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――どうしたらいいのかな……。

世良深月は長いため息をついた。

昨日の自分の奇行が、もやもやをつくって離れてくれない。

あの時、図書委員の仕事中で。
夏期休業中に貸し出しされていた本の返却作業をしていたところ、うっかりバランスを崩した。
そして、見知らぬ男子生徒を下敷きにした挙げ句、まともに謝罪もしないで逃走したのだった。

――謝らないなんて、失礼すぎる。

「美人は憂い顔も目の保養だね〜」

隣の席で友人がにこにこ笑っている。

「からかってないでよ。人が困ってるのに」

「だって、深月が男のことで悩んでるなんてレアだもの」

確かに男は男だけど、決して友人が考えるような理由ではない。

とにかく、謝らなければ。

「なき、その人のこと分かったりしないよね……」

「さすがにイケメンというだけじゃね」

友人の中では、既にスペックが確定しているらしい。

けれども、否定することもない、と思う。
起き上がった時、近過ぎて一瞬しか見えていなかったけれど、スマートな印象があった。

「学年は分かんない?校章の色とか」

「んと……たぶん、三年生……だったような」

「先輩かぁ。身長は?」

「けっこう高かった、と思う」

「高いって、これくらい?」

と、友人が示すのは、お菓子を手掴みで口に放る早川だ。
ちなみに友人の彼氏である。

「うん、早川くんくらいあったかな」

友人作のシフォンケーキはけっこうなボリュームだが、朝練をしてきた男子生徒には軽いらしい。

甘い匂いが、深月の嗅覚まで刺激する。

匂いと言えば。

「シトラス……」

友人と早川が同時に向いた。

「あの人とぶつかった時、シトラスの香りがした……」

昨日はそこまで気づかなかった。
けれど今、額の上でシトラスが弾けたかのように、鮮明に思い出される。

「シトラスの匂いの男子なんて……待った」

友人は早川にぐりっと顔を向けた。

「早川。背の高いシトラスな先輩……そんな人、誰かいなかった?」

早川は少し考えて、ケーキをごくりと飲み込んだ。

「うん、森山さん!」

「あぁ!」

友人も合点がいったらしい。
探し人は、案外近くで接点があった。


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