秀徳夢・他

□キスすんぞ?
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ーー春。
それは淡色の花びらと一緒に、忌まわしい花粉が舞う季節である。

「……くしゅっ」

部室で練習メニューをまとめていたひよは、女の子らしいくしゃみをした。

「ひよ、風邪か?」

バッシュの紐を結んでいた従兄が顔を上げる。

部活前なのに従兄がひよを名前で呼ぶのは、二人しかいないからだ。

「ううん。この頃、くしゃみが止まんなくって……くしゅん!」

そして目も痒い。
目元はすでに腫れぼったくなっていたが、こすりたい衝動は抑えられない。

「お前、花粉症だもんな。ほら、ひっかくな」

目元に触れる寸前だったひよの手は、宮地によってよけられた。

「見せてみろ」

と、両頬を宮地の大きな手に包まれて、彼の方を向かせられた。
吐息がかかる距離に、有無を言わせない瞳がある。

「やっ……」

「あー、やっぱ赤くなってんな。今日は部活いいから、眼科行け」

彼はしばしば、こんなことをしてくる。
それもーー従兄妹同士だから当然だがーー平然としているのだ。
こっちは少なくとも、男性らしい表情にドキドキさせられているのに。

それが悔しい。

「やだ、部活出る」

「やだじゃないだろ」

ひよの小さな反抗がすっぱりと跳ね返された、その時。

ガチャ、と部室のドアが開いた。

いやな予感……。

「ひよ、ちゃん……? え、宮地サン……? ん〜?」

予感的中。

ひよと宮地を見比べて首をひねるのは高尾。
隣の緑間は一歩引いて固まっている。

「あの、お二人は確か従兄妹じゃあ……。これって、アレ……ひよちゃんの具合が悪くて、だから宮地サンが様子を見てる的なことじゃなくて……?」

まさにその通りなのだが、高尾は違うことを想像してるらしい。

「そ、そうじゃないの! ううん、むしろそうだって言うか……」

「動くな」

あごを支える彼の掌底に力が込められる。
決して痛くないけど、逃げることもできない。

「動けばこのままキスすんぞ? いつもみたいに」

「い、いや!」

思わず叫んでしまったひよだが、いつもなんてしてないし、そもそも従兄妹でしたこともない。

けれども、その反射的な返事が決定打だった。

「……お、オジャマシマシター……」

高尾と緑間に後ずさりされ、ドアは無情に閉められた。

その後、ひよは眼科行きが決定。
そして同級生たちの誤解を解くのに、十数分を要した。



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