秀徳夢・他
□おやすみエース
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「――とまぁ、今日のメニューはこんな具合か」
昼休み。
広い敷地の適当な芝生にあぐらをかき、笠松は手にしたプリントを読み上げた。
内容には、この日の練習メニューや個人の克服点などが、事細かに記載されている。
「小堀、気になることはあるか?」
やや前傾姿勢で、笠松は左隣に首を向ける。
「オレは特にないかな」
人の良い同輩は、紙カップのコーヒーを飲みながら返答した。
「そうか。森山は?」
と、姿勢はそのままに、右を見る笠松。
肩にかかっていた“もの”が僅かにずれて、それを直す。
「メニューに関しては、ない」
やけに神妙な表情で、森山はパックの野菜ジュースにストローを刺す。
「だがな、笠松」
「?」
森山は野菜ジュースを、ずずーっと吸い上げた。
「ツッコもうか物凄く迷ったが、やっぱりツッコませてくれ。笠松、その背中のはなんだ」
森山の妙なものを見る視線に動じることなく。
笠松は「あぁ」と自分の背中側に首を廻らす。
「うちのエースだろ」
「最近、練習にモデルの仕事にと、忙しかったからな。疲れてるんだろう」
事も無げに言った笠松のみならず。
小堀まで、まるで弟を見守る兄のようにのほほんとしていて、森山の眉間は更に深くなった。
「それは分かる。疲れてるのも納得する。だが、どうして黄瀬を着たまま普通に会話ができるのか、オレには不可解だ」
森山の表現は日本語としておかしいようで、あながち間違ってもない。
笠松は黄瀬を背に乗せていた。
それも、自然に上着を羽織るかのように。
「そう言われてもな」
笠松の上着と化した当人は、くぴー、とあどけない寝息を立てている。
モデル顔なしの、先輩に甘える後輩以外なにものでもない図、である。
――と、黄瀬のでかい体躯がびくついた。
夢の中でもバスケをしていたのだろうか。
長めの前髪がふるえて、とろりと眼が現れた。
「起きたのか?」
黄瀬は、焦点が合ってない瞳を動かして、声の主を確める。
「笠松、先輩……」
いまだ睡魔に意識を支配されているようで、瞼が開いていない。
黄瀬は口をもごもご動かす。
「……いま、何時っスか……?」
「1時20分だな」
答えたのは小堀だ。
「昼休み終わる頃に起こしてやっから、まだ寝てろ」
「はいっス……」
彼特有の返事を最後に、笠松の肩にごとり、と頭が落ちた。
「やーれやれ」
ため息つきつつ、森山はあぐらに頬杖をついた。
「厳しい主将さんも、期待のエースくんには甘いんだもんなぁ」
「……るせ」
まぁいいんじゃないか、と小堀が笑う。
昼休みが終わるまで、あと10分。
頑張る後輩を起こすまで、あと10分――。
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