秀徳夢・他

□オネガイ
1ページ/2ページ


がやがやと騒がしい、授業と授業の合間のこと。

「やっべー、忘れたかも」

隣の席の男子生徒が、机を引っかき回している。
もうすぐ授業が始まる。
彼の机の上にはノート、ペンケース、英和辞典。

「高尾くん、もしかして英語の教科書忘れたの?」

「あー、そうみてーだ」

彼はガリガリと頭をかいた。

「他のクラスに借りに行く時間もねーしなぁ。ひよちゃん、頼む。教科書一緒に見さしてくんねぇ?」

両手を合わせる彼に、いいよ、と返そうとした時。

「その必要はない」

なぜか、ななめ後ろから拒否の言葉が届いた。

その生徒は、授業に必要なものをきっちり、机の端に揃えていた。

「普段から人事を尽くさないから、こういうことになるのだよ。ひよ、甘やかすな」

すると、隣の高尾くんが唇を尖らせる。

「真ちゃんに聞いてるんじゃねーっつの。ね、いいっしょ」

「え……あ……」

頷きたいけど、斜め後ろから緑間くんが無言で牽制してくる。

いよいよ担当教師が来てしまう。
どうすればいいんだろう。

……不意に、肩にぬくもりと重み。
気配を感じるよりも、先に。


「――ねぇ。オ・ネ・ガ・イ」


「ひゃぁん……っ」

耳朶も鼓膜もすっ飛ばして、脳で直接響いたみたいだ。
ぞわぞわと背筋を駆け降りて、腰を見えない手でくすぐられた心地だ。

気づけば首を縦に振っていた。

「やりぃ!」

彼はいそいそと机を動かす。

耳の奥が、心臓が移動したみたいにうるさい。

「って、真ちゃん何、その顔」

「お前の軽薄な行動に引いているのだよ」

「うわ、はっきり言いやがったし」

隣とななめ後ろのそんな会話は、教師が来たことで終わった。

耳のそばで囁くなんて、ずるすぎる。
それに、授業が英語だということは、彼の綺麗な発音を、間近で聞くことになるかもしれないということだ。

……心の準備がいるかも。



《後書き→》
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ