ているず

□星の行く末
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空が見えた。
秘色の色を垂らしたようなその色は、なんとなく彼に合っているような気がした。
(ちげぇな、アイツは星の色だな)
(うーん、緑色?っぽいかもしれない…かな??)
空から視線を下げると、彼が笑った。なんとなく、その空の色が幸せの色かもしれない、とお互いに考えて。






海の薫りが体を通る。
先の旅の途中何度も港を通り、そして何度も船に乗ったが、この漁村の潮風はまた違うような気がした。ヒスイは船自体が苦手であったから、船の上で潮風を感じることは到底無理な話であったが。
「シングだろ?シングなら、一昨日ほど出かけてったぜ」
彼の友達だというブゥサギが寂しそうに耳を垂れた。
村人の話からだと、随分普通に出かけていったのだと言う。しかし場所まではわからず、多分もうこの大陸にいないと思う、と教えてくれた。シーブルのある大陸から出るならば南の港からか。
彼の家に入ると、丁寧とは言えない感じでソーマが置かれていた。旅では、ヒスイの次にガサツなシングであっても祖父のソーマだけは丁寧に取り扱っていたのだから、ヒスイには違和感があるものだった。だが、部屋の中は掃除されているし、シングの祖父の墓も綺麗になっている。
「おかしい…これだけ綺麗にされているのに、何故行方がわからない?」
「…リンクもできねぇはずだよな…ソーマを持っていってねぇ」
ソーマリンクは、ソーマを持っている者同士でないと出来ない。カルセドニーも本来の彼のソーマの傍、または中にいればヒスイたちとリンクができる。しかし、カルセドニーですら、シングとはソーマリンクは出来なかった。その理由が、ベッドの上に無造作に置かれたソーマを見て理解できたのである。
「ったく…!」
ドン、とシングのソーマ――アステリアに拳を叩きつける。これぐらいで壊れるものではなく、逆にこちらが痛みを持つことすらヒスイは知っていた。
「八つ当たりをするな」
「…クソ」
ベリルやイネス、コハクは丘の上の祠――シングの母が眠る場所へと行っている。シングの家にはヒスイとカルセドニーしかいない。
「ヒスイ」
「…」
「シングと、どうして離れたんだ」
ぐ、とヒスイは自分の拳に力を入れた。一番痛いところを突いてきやがる奴だ。
「アイツが待ってろっつーから…!」
「どうして着いて行かなかった」
「わぁってんだよ、自分でもそんなこと…!!」
「出来ない立場ではなかっただろう」
「…カルセドニー」
これ以上、俺を苛立たせんじゃねぇ。
そういう言葉が聞こえてくるようだった。カルセドニー自身、親友とも言うべき戦友の行方不明に苛立っているのは確かである。シングが居なくなったのはヒスイのせいではなく、ましてや誰のせいでもない。アステリアに八つ当たりをするな、と責めた自分がヒスイに八つ当たりしてどうする、とカルセドニーは反省した。
「…クソッ」
「あ、お兄ちゃん…!」
ヒスイがシングの家を出るのと同時に、祠へと行っていたコハクたちが帰ってきた。すれ違った時の兄の姿に、コハクはどうしようと慌てた。
「カルセドニー、反省しなさいね」
「…わかっている」
何となく状況を読めたイネス。コハクにヒスイを追いかけさせると、イネスは自分のソーマを壁に立て掛けた。
「ついでに村人のスピリアも見たわ。誰もおかしい人なんていない。祠の――シングのお母さんが眠っているところもおかしなところはないわ」
「そうか…」
「でも…」





旅の始まりは、この海岸だった。
インカローズに敗れ、流されて辿り着いた海岸。ヒスイはカナヅチで泳げず、コハクも傷があり結局辿り着いた海岸が、シーブルの北にあるこの場所。
『てめぇ…何してやがんだ!!』
後々、人工呼吸をしようとしていたのだと聞いたが、初めて見た時は明らかに妹に近寄る不審人物。
後々、リチアとコハクによるものだとわかっても、最初は妹を大変な目に遭わせた仇。
最後には、遥か頭上に存在する月の世界をも救った、世紀の英雄。
コハクとシングの仲が良くなってくるたび、感じた焦燥と違和感。勘違いして、妹と彼の仲を何度も裂こうとしたっけ。
『シング…好きだ』
ぼっと赤らんだ顔にした口付け。オレも、と答えられた時は嬉しくて、ベリルが言ってた薔薇色ってのはこのことか、と少し有頂天にもなった。彼と妹が世界を危機に落とした黒い月――ガルデニアを滅ぼして、これから彼を幸せにする、と約束したのだ。



「ジイちゃんと…母さんを、ゆっくり眠らせてからでいいかな?」
「お!?…おおおおおおお、おう!!」
応えてもらったことが凄く嬉しかった。こんなのは告白したとき以来だ、と舞い上がる頭で考えた。旅の仲間の全員が世界に対する脅威に向かっているのに、自分はなんておめでたいことを考えているんだろう、と呆れながらも何晩も考えて出した“プロポーズ”。本当は、ヒスイにも応えてもらう自信はなかった。シングが自分のことを好きだと信じられていても、どうしても不安になってしまうもの。
「少し、時間が掛かっちゃうかも…」
「おう!待っててやるぜ!!」
「うん」
「シングっ」
恥ずかしそうに微笑んだシングを抱き締めて、痛いとか重いとか文句を言われながら、幸せを噛み締めた。




「…」
ざざ、と来ては返す波を見ていた。
「お兄ちゃん!」
急いで走り寄るコハクに振り向いて、ヒスイはポツリと。
「コハク…」
「なに?お兄ちゃん」
「アイツ…」
きら、と光る欠片がコハクの目に映った。近寄ってそれを手に取る。
「お兄ちゃん、これ…!」
翡翠の色を成した、小さな結晶の欠片。今まで見つけたものとは違って、美しくきらきらと輝いている。誰のものかはわからないし、もしかしたら一人のものではないかもしれないけれど、今まで集まったものと比べて明るい色を放つのはそのスピルーンが明るい感情を示すものだとわかる。
「スピルーンの欠片…!」
「コハク、早くアイツを見つけねぇと、」

「アイツ、俺に待っててくれなんて言ってねぇんだ…!!」

待ってる、と言ったのはヒスイの方。シングはいいかな?と許可を取っただけで、行くとも待っててくれとも一つも言ってない。勝手に待ってたのはヒスイの方だ、ヒスイがなぜ着いて行かなかった、とカルセドニーに怒られても本当は仕方がないのである。
バカバカ、とヒスイに何度も貶されていたシングだったが、世間知らずなところ以外はヒスイが言うほど馬鹿ではない。少年らしい猪突猛進型なところはあったが、頭を使うこともそれほど苦手ではないようだった。
待ってて、とは言わずにいなくなったということが、シングが何かを考えてのことだったら――
「このスピルーン、もしかしたら…」
「お兄ちゃん…!!」
コハクとヒスイは走り出した。かつて故郷を出た時のように。
――かつて、この村を出た時とは、一人足りなかったけれど…



「これは…!」
「よくわからないのだけど。シングのお母さんのお墓の前に…」
スピルーンの欠片。
――とは言い難いほどの、何枚も連なったスピルーンの“塊”だった。
「どうやらベリルの言う通り、シーブルで何かがあったのは確からしいわね」
「でも、ボクが見た感じでは今集まっているのを考えても、少し足りないよね…?」
「私もそう思う」
これだけ集まっても、まだ半分と言うべきか。もしこのスピルーンが誰か一人のものだとしたら、コハクがこの結晶を亡くした時とは違って目印がない。骨が折れそうだ、とイネスは眉を顰めた。
「ヒスイとコハクは…」
「シング捜しへ行ってもらった。私たちがするべきこととはなんだろう…」
「彼らが捜している間に、私たちはこのスピルーンの欠片を捜すことも、大切じゃないかしら?」
「そうだね」
しかし、イネスには少しだけ思うところがあった。このスピルーンの欠片が、先の旅――ついては、シングに関係のあった場所や人のもとへ落ちている。ヒスイとコハクがシングの行方を捜しているのだが、このスピルーンも必ずシングと関係している。もし、これが私の思う通りだったら、私たちの旅は終わっていなかったのかもしれない――イネスは平和になったその世界で、何かが起き出そうとしていることを予感していた。






「お兄ちゃん、どこへ行こう?」
「レーブ、だ。もう一度」
ペンデローク大陸の港。かの女船長の船が一番早いから、とサンゴの姿を捜してみたのだが、どうやら今日に限っていないらしい。仕方がなく、ヒスイとコハクの二人は定期船の到着を待つことになった。
「レーブ?昨日行ったばかりだよ?」
霧の村へ。船の到着を知らせる汽笛が聞こえ、兄妹はその船着き場へと急いだ。
「テクタさんに、会えなかっただろ」
「うん」
「テクタさんに、もう一度会いに行こうと思ってる」
「テクタさん…」
群青の髪を持つ青年がシングへ向けたその瞳が、ヒスイにはとても印象に残っていた。あれが自分の勘違いではないとしたら、シングはテクタを頼るはず、と何故かヒスイは考えていた。
「じゃあ、レーブへ」
それでも、ヒスイの考えは半分ほどヒスイの願いが入るものであり。シングがその場にいるという確信も、自身もない。
(頼む、レーブにいてくれ…!)
ぽう、とヒスイのソーマ・ゲイルアークが少し、“あの”時に似た温かさが広がった。








シングに会えませんねぇ〜←

















































































































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