遠雷
きゃあ、なんてエステルの声が隣から。
「早く閉めろよ、雨が吹き込むだろ」
ピカ、と仄かに光る遠雷が、どうやらフレンが大切にしている姫君を怖がらせているらしく。怖がっている姫君の方ではなく、全くお構いなしのユーリの方に来た騎士は、雷雨は似合わない。
「あぁ、すまない」
綺麗な音を立てて、フレンが部屋に入り込む。
雨が吹き込むから、と窓を閉めさせたものの、フレンはびしょびしょに濡れていて、結局宿の床が濡れてしまうことは避けられないようだった。
拭けよ、とタオルを放り投げて、雷の色より薄い金髪に乗せる。
「エステルは?」
「あぁ、エステリーゼ様は大丈夫」
最初は叫んでいるが、そのうち慣れてくるから、と。確かに最初に脅すように光っていた雷も、間を置かずに鳴ってくると叫ぶ声も小さくなっているようだ。
「おいおい…そんなんで務まんのかよ、聖騎士サマ」
「務まらないことは、君がよく知っているだろう」
「理解してんのかよ」
ユーリは呆れたように笑って、ユーリがとっくに辞めた聖騎士の職を未だ続けるフレンの疲れた顔を心配した。
ユーリとは違って昔から生真面目で、やり方が間違っていると知っても規則を外れられない親友。フレンが相当ストレスを溜めていることなど、旅を始める前からユーリは知っている。
濡れた服も何も中途半端に、フレンはユーリの方に近づいてきて、力をこめてぎゅっ、と。
「…どうした」
フレンが何も言わずに、こうして抱きついてくる時だけは何かある、とユーリは知っていた。
…実はフレンの方が、雷が嫌いだと言うことも。小さい時から、嫌いだったっけ。
「フレン」
大人しくこの体勢を保たせてくれるユーリに、フレンは感謝していた。この大好きな親友を愛する恋人に選んで良かった、と心から思う。
落ち着いているユーリの声が染み渡るように身体に広がるようだ、と。
「頼むから、」
ユーリを護るように、力強く抱きしめるフレンの腕から、何が言いたいかが想像できた。
「遠雷に、連れていかれないでくれ」
神鳴りの鳴る夜は、神隠しに遭うという幼少時の教えが、大切なひとを持つ僕の不安
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