ているず

□星の行く末
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何かを示すように、昨日訪れた時とは違ってレーブの周りの霧は晴れていた。いつだったか、シングがこの村でこの霧を晴らしたことがある。本来なら1年にこの霧が何度も晴れることはなく、それがヒスイにシングがいることへの確信を持たせた。
見えた栗色に、思わずコハクは兄の名を呼んだ。
「お兄ちゃん」
ヒスイは竦んだ。
レーブへ入ると、すぐにテクタが見つかって。彼の雰囲気には似合わないと思う、大きな歩幅で歩み寄ってきた。
『良かった…!君達を捜していたんです』
群青を揺らす眼鏡の彼は、少しほっとしたように、そして少し焦ったように。思わず、コハクはソーマを使って今は離れている仲間に連絡を取ってしまった。本当はリンクをするものだけなのだけれど、何か合図を送れば彼らはわかってくれるから、とコハクはシャン、と足もとにあるソーマを鳴らした。
テクタが導いた、レーブの村の高台に、ぼうっと空を見上げる者。
ライダースーツは着ておらず、黒いインナーだけを着ていてその華奢な体がはっきりとわかる。
栗色の髪が、晴天の風に靡いて、揺れた。瞳だけがヒスイやコハクの知るものではなくて、思わずコハクの目に浮かんだ、小さな滴。



「シング…」






「テクタさん…!」
シングが叫ぶ。群青の髪が床に散らばり、彼の父から滲みだした何かがテクタを包んでいた。自身の仕込み杖を握りしめ、ジルコニアへ向かい必死に立とうとしているが、叶わない。
「このままじゃ、ジルコニアさんのスピリアに呑まれる!」
「テクタさんにスピルリンクして、早く助け出さないと…!」

「無理を、しました」
罅が入り、ソーマにある独特の結晶が割れている。17年前の戦いの際に壊れたソーマは、スピルリンクの能力を失っていた。テクタ自身もそれを知っており、シングたちもソーマが壊れていることを知っていた。
「父を…助けだせると思いました」
シングに諦めるな、と勇気を貰い、自分で動かなくては、と無理をしてしまったことが結局シングたちに迷惑をかけてしまったことをテクタは不甲斐なく思っていた。テクタは本当の父のことを知らないが、少しだけ本来の父らしさを取り戻したような言葉にテクタはシングの勇気を尊敬した。
「ありがとう、シング」
にこ、と笑ったその笑顔にテクタは笑いかけた。かつての仲間の息子は、どうやら笑顔は遺伝したらしい。
シングたちがレーブを去ると、テクタはジルコニアの家へ向かった。スピリアの状態が良くなっていることに、テクタは少しならず大きな希望を抱いた。
「…我が息子……」
「父上」
この会話だけでも、テクタにとってはかなりの希望であり。



「黒い月が――」
「消えた…!」
この日も、レーブの上空は晴れていた。
レーブの人々は、珍しく隣人と喜び合い、抱き合って世界を侵していた驚異の終焉に震えた。遥か上空で戦ったのであろう年端もいかぬ少年たちに向けて、村人が戦った者が誰かはわからなくとも、その偉業を称賛した。
白い月の隣に控える、かつての黒い月はシングたちが勝利した証であろう暖かな光に貫かれて、ふっと消えた。彼らが倒した相手は、かつてテクタそしてシングの母と祖父、コハクの母さえも巻き込まれた2000年前からの相手であった。ドナやゼクス、そしてアイオラの意思を継ぎ、そして自分たちの悲願さえも遂げたシングたちを、英雄だと讃えたのはテクタが初めてであった。
ふっと軽くなったようにさえ感じるスピリアに、テクタはそっと目を閉じて涙を堪えた。
『クリード…グラファイト……』
テクタの物心ついた時から父が乗っ取られ、乗っ取られた後はその恨みの後遺症としてスピリアを閉ざしてしまった原因になった相手。テクタがソーマを振って前線にいた頃から、アイオラのスピリアに存在した“ねむり姫”の敵が、やっと、倒れたのである。
テクタは、喜び合う村人の隣を抜けて、村のはずれにある父の住む家へと向かった。喜びを分かち合えるのは、今この世界には教会の教主と父しかいない。
「父上」
世界は喜びのスピリアで溢れているだろう。この家だけは、ジルコニアが放つ負のスピリアで染まっている。
しかし。
「父上?」
思わずテクタは俯くジルコニアの顔を覗き込んだ。ジルコニアの顔が、少し微笑んだように表情を変えたのだ。
「父上!?」
「我が息子…」
口から洩れる言葉は変わらないが、これまでよりと明らかにジルコニアの症状が良くなっていた。それが、シングたちが父の恨みの相手を倒したからだ、とわかる。
「テクタよ…」
少しだけあげた顔に、テクタはその父の本来であろう慈愛を向けられたような気がして、シングたちへの感謝でテクタのスピリアが包まれる。
「…クリード」
「父上?」
恨むように呟いていた言葉とは違う、テクタの記憶にある父の話し方で。
「…クリードにスピリアを寄生されていた者――」
その後は続かず、またスピリアを閉ざしてしまったように見えた。それでも、ここまで症状がよくなるとは思っていなかったのである。父のその後を期待できた。
「寄生されていた者…」
ジルコニアの他にテクタは知らない。今、黒い月を滅した英雄が、実は小さな頃から寄生されており、一瞬だけ乗っ取られた経験を持つことも。
もう一度、テクタは父の顔を見た。皺ばかり増え、やせ細ってしまい、誰も先代皇帝だとは気付かない。それでも、テクタは父の安らかな生活のため、良かったと思っている。世間では賢帝と讃えられていても、そしてその賢帝がスピリアを開いていても、その後遺症が休まることはないと思うからだ。






「貴方たちならわかるでしょう?」
ヒスイの手に汗が滲む。それを掴むように拳を握って、ヒスイは頷いた。
隣に子どものように座っているシングに顔を向けて、ヒスイは極力感情をぶつけないように、冷静に。
「…スピルーンが?」
「ないんでしょうね。私でもわかります、君たちの話を聞いていますから…」
テクタの手にある仕込み杖は、本来は彼のソーマである。私のは壊れていますから、もう無理はしません、とテクタは苦笑した。シングのスピリアの中を覗かなくとも、なんとなくわかるんです、と説明をつけて。
テーブルの上へと視線を向けて、さも関心がないというようにシングは無表情だった。――関心がないのではなく、関心を持てないのだ。関心とは人のスピリアに何か影響があってこそ生まれるものであるからだ。
「セミナビッツの港に、たまたま彼を見た時は驚きました。あまりにも雰囲気が違いすぎて、私も最初はわからなかったのですが…シング君の方から近寄って来て…」
『テクタさん、オレの傍にいてくれませんか』
小さなメモを見せて、何か訳ありであるような顔――シングらしくはない顔で、シングはやってきたのだと言う。
テクタにはテクタの理由があって、シングを預かることを快諾した。それはテクタから他の人に語られることは絶対にないのだけれど、テクタにはそれをするだけの理由と縁がある。ドナやゼクスに似すぎていて、誰にも気づかれないけれど。
「原因に、思い当たることはありますか?」
「いや…」
ヒスイが首を横に振る。コハクにも原因はわからなかった。かつてのコハクのようにリチアを隠すためにわざと、そうでなければストリーガウのように勝手に持ち出してしまうか。しかし、スピリアに入れる者はもうかつての仲間しかいない。スピリアをわざと壊して世界に散らばせねばならないような理由もない。
ヒスイとコハクは、カルセドニーが持ってきた、そしてコハクがデスピル病の患者から見つけたスピルーンの欠片が、シングのものであることに予想がついていた。
「あの、テクタさん、ジルコニアさんは…?」
コハクがテクタの家を見回して尋ねる。テクタの父であり、今世界を統一しているマクス帝国の先代皇帝。先の旅の際、彼がクリードに支配された生活を何年も過ごしてきたことを知った。その後遺症で生きる力を失くした先帝を世話をしているのが、息子であり第一皇子であるテクタであるということも。以前訪れた時にはあったはずの、ジルコニアが生活しているという痕跡が見られないのだ。
「父は…」
シングが、少しだけ顔をあげる。
「…少し前に、」
シングがいた高台に、その石があることをヒスイたちは初めて知った。世界は救われても、救えなかった命やスピリアがあるという現実がコハクには悔しかった。

「…亡くなりました」
悲しそうでも、納得したようなテクタの顔に。








捏造が増えますよっ!
というか、サブイベントも見て、浮かんだんですよねー















































































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