ているず

□星の行く末
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「シング」
ふ、と息をかけるとびくりと弾む体が、ヒスイはとても好きだった。
好きだ、と伝えて応えられてから、何度もこの悪戯をしているのに、どうやらシングは一向に慣れないらしい。たった2歳年下であるだけなのに、自分とは違う初なところがヒスイには愛しかった。
「な、なんだよー!!」
「そんなに驚いてんなよ、ちょっと悪戯しただけだろーが」
くくく、と笑う顔に、シングは顔を赤らめながら強く睨んだ。笑い顔を収めて。
「…シング」
「?」
「…あー…なんというか…」
先程までの顔はどこに行ったのか。ヒスイはシングと同じように顔を赤らめて、言いにくそうに言葉を濁す。シングは、その恋人の姿に首を傾げた。
「その…えっと、」
「ヒスイ?」
「…あー…うー……」
さっきから、えっと、とあー、しか言ってない。シングがそう伝えると、ヒスイは意を決したように。
「…旅が終わったら、俺と一緒にノークインに来ねぇか」
小さく、何かの意味を含んだように微笑んだシングに、ヒスイは安堵したように顔を緩めた。





「じゃあ、ブランジュにもスピルーンの持ち主はいないんだ…」
シーブルの方から降ってきたことが見えても、ベリルは懐かしいとすら思うソーマで、村人全員のスピリアにリンクしてみたらしい。スピルーン自体はその流星群のあった日の次の日、山頂にあるアラゴとベリルのアトリエに落ちていたという。それを見つけてすぐ旅立とうと思ったのだが、もしかしたらシングたちが来るかもしれないから、と何日か残ることにしていたらしい。
暗く光るそのスピルーン片をヒスイは見つめた。かつて見た妹のものより少しだけ大きくて、少しだけ淡いように思う。
「スピルーン探しをするなら、コハクの行っていないところ、次は…レーブ、か?」
「そうだね」
「…ボクも行くよ」
ボクがいなきゃ、大変でしょ?というベリルの明るさが、シングがいないことで暗くなっている二度目の旅にはちょうど良かった。ただ、その明るさはヒスイを癒すことはできなかった。
待ってることしか出来ず、終いには行方不明。久しぶりに故郷のノークインを出てから、後悔しかしていない。
「お兄ちゃん、シングの…」
「…ああ、居場所だろ?このスピルーン探しで世界を飛び回ることになるんなら、それと一緒にすりゃあいい」
「…でも、」
「スピルーン探しの方は、俺やベリルのソーマがねぇと出来ねぇんだ。世界を廻ることになるんなら、そこで情報集めても構いやしねぇだろ」
「お兄ちゃん…」
本当はスピルーン片を捜すのではなく、シングの行方捜しを優先したい。出来るなら、自分一人だけでもシングを探しに行きたい。それをできないのが彼の情熱であり、彼の恋人の影響であった。それでも、ヒスイが落ち着かない状態でいることを、彼の妹はしっかり気付いていた。
シングがいなくなった、という日からリンクをしようと何度も試みた。しかしヒスイの想いは通じず、無情にも助けた白磁の月が輝くだけ。そんな夜をヒスイは何日も過ごし――眠っていない。自分が女だったら泣いていただろうな、そう自嘲気味に笑って、カルセドニーやコハクの心配をはねのけていた。
「では…レーブへ」
自身のソーマに力を込める。シングへ届け…その思いを乗せて。





シングが空を見上げ、それと同時にテクタも空を見上げた。
「…晴れてる」
「そうですね」
「綺麗、なのかな」
テクタがシングに出会い、シングが一番辛い思いをしているのだろうということがテクタには理解できた。“心”を失くした彼が、その感情を見せることも、感じるということもなかったが。
この少年が連れてきた少女と同じように、シングも感情表現は豊かであったし、少年という特徴からか、感受性は一番であった。
「ねぇ、テクタさん」
「はい?」
「母さん、ってどういう人だった?」
同じ栗色の髪と瞳を持った女性。テクタのかつての仲間であり、今目にしている少年の母親だった。
「強い、人でしたよ」
「…」
テクタが知る彼だったら、嬉しそうな笑顔を見せるだろうに。何となく想像できる、彼に起きた事態の理由にテクタは自分の人生を呪った。
「お医者さま」
村人の女性がテクタに話しかける。
「ああ…はい?」
「あの、お客様が…」
自分に客とは誰でしょうね、とシングに話しかけるがあまり反応はない。
「英雄の――」
目を瞠ったテクタとは正反対に、シングの反応は全くなかった。





「また、今日も霧が深いな」
レーブの上空で、かつての自分のソーマを操るカルセドニーが呟いた。彼が書いたイネスへの手紙はすぐに届け先に行き、レーブで落ち合うことになっている。
「着くぞ」
砂埃をあげて着陸したリアンハイトの前に、記憶に残る錫色の髪。母親らしくなった、と感じるのは勘違いではない。彼女の体ほどあるソーマを持って、ヒスイやコハクの記憶と変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「帝都にもシャルロウにも、スピルーンの持ち主と思われる人も、――シングもいないわ」
一番に近付いてきたヒスイに、イネスは彼が一番聞きたいと思われることの答えを言った。挨拶もなしにそう言うのは彼女が彼女であるからだ。
「久しぶりね、って和やかに会いたかったのだけど。そういう雰囲気でもないのね」
「…悪ぃな」
素直に謝るヒスイに、イネスは驚いた。どうやら旅の中で随分と成長したらしい。それとも、ヒスイが捜している少年の影響だろうか。
イネスとともにレーブへ入ると、かつてのレーブと同じように暗い雰囲気は漂っていたが、少しだけヒスイたちを見る目が変わっていた。
「あの、テクタさんはいますか?」
村の中ほどまで来て、コハクがこの村に住む医師――テクタの行方を聞いた。彼はこの村の医者であり、普段は家にいるはずなのだが。
「テクタさん?…ああ、お医者さまね。お医者さま、昨日辺りセミナビッツ港に行ってからまだお帰りにならないから…もしかしたら、帝都まで何か買いに行ってしまったのかも」
「帝都?」
「昨日も今日も、私は帝都にいたのだけれど…テクタさんは見掛けなかったわね」
「お医者さま、いつも帝都へお薬とかを買いに行かれるのだけど…」
「どうもありがとうございました」
どうやら、今日はこの村にいないらしい。ジルコニアがこの村にいる限り、テクタはそう遠くへ行くはずがない。
ついでに、この村で最近変なことはなかったかと聞くと、別に何も変なことはなかったという。とりあえず村人全員にリンクをしてみたが、スピルーンを持たない者もいなかった。
シングの名を出せば、全員が知っていたが、シングの行方を知る人もおらず。結局、すぐにレーブを旅立つことになってしまった。
「次はどこに行くの、コハク?」
「えっと…ノークイン、って考えてたんだけど…お兄ちゃんがいるからそんなに心配はないし…シーブル、とか…?」
「シーブルか」
「シーブルにはね、すぐ行ったの。ただ、お母さんのお墓のお掃除とかで、シングには会えなかったのだけど…」
「そっか」
結局、スピルーンの持ち主もシングの行方もいまだわからないままだった。
しかも何の情報もなく、足取りはまったく進んでいない。ヒスイを苛立たせるのに十分な要素があった。

「チクショウ…」



リアンハイトが旅立ったすぐあと、テクタが帰ってきた。後ろから着いてきた少年は、先程までいた英雄たちが捜していたもう一人の英雄なのだが、そのことに気付くものは一人もいない。
「お医者さま」
「ああ…はい?」
「先ほど、先の英雄の方々が来られて、お医者さまをお探しでした」
「なっ…彼らはどこに!?」
「北のシーブルに行くとかで、ほんの先程旅立ってしまいましたが…」
「そうですか…」
テクタはこの村を長いこと離れることができない。少年――シングが、テクタを信じてこの村へやってきたのだが、彼らのかつての仲間にも伝えなければならないと感じている。この状態の少女を治したのは彼らであるのだから。
「シング君」
無言で返される反応。
「君の仲間が、この村へ来ていたらしい。今、シーブルへ向かったそうです。…どうしますか?」
「………ここに…」
シングの感情はなくとも、意思はある。テクタはその意思を大切にしてあげようと思った。





リアンハイトからは空の様子がよく見える。
窓側に座り、周りの仲間がそこで様々なことを話していても、ヒスイはそれに参加しようとはせず、ずっと空と地上の様子を眺めていた。
何日寝ていないのだろう。溜息すら出ず、ずっと後悔と心配の念だけであった。
「………」
あの時、どうしてノークインへ来ないか、と言ったのだろう。ノークインでなく、シーブルへ一緒に行っていいか、と言えば今のようにならなかったかもしれない。どうして、待つと言ったのだろう。一緒に、手伝えばよかったのに。
「ヒスイ」
「…っ」
驚いて後ろを振り向いたのだが、そこにいたのはカルセドニーだった。
「ヒスイ?」
「悪い、シングと間違えた…」
年が同じであるせいか、声や後ろに立つ気配が似ている。カルセドニーとシングを間違えるほど、自分は疲れているのだろうか、とヒスイは初めて溜息を吐いた。
「ヒスイ、提案がある」
「…?」
「貴方、コハクとともにシングを捜しに行かないか?」
「は?」
「ベリルやイネスというソーマ使いがこちらには集まっている。彼女らにスピルーン探しをしてもらってもこちらは困らないし…このまま、こうして続けていても埒が明かない」
「だが、」
「…貴方の、そういう姿を見るのが辛いという妹の気持ちを考えろ。貴方を故郷から連れ出したのは僕だが、スピルーン探しだけに連れ出したわけではない」
「カルセドニー…」
「シーブルへ着いて、とりあえず彼の捜索をしたら別行動を取ろう。連絡は取り合えるだろう?」
「ベリルがソーマを失くさねぇ限りな」
「ふ、なら大丈夫だ」
カルセドニーも、一隊の隊長を任されているだけある。仲間への気遣いはヒスイにとって尊敬するべき個所であった。







カルたん大成長。笑










































































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