ているず

□星の行く末
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誰かが叫んでいた。
止めろ、と。



「……」
「…シング」
ヒスイの予想通り、シングの反応はなかった。反応のない虚ろな瞳は、ヒスイの記憶にあるものと全く同じで、ヒスイはその瞳を真っ向から見ることができず目を逸らす。
シングはどうしたいんだ、とヒスイは尋ねたのだ。
どこに行きたいのか――というよりも、自分たちがどこに行けばいいのか、をヒスイは聞きたかった。イネスやカルセドニーと相談すれば、正しいと思われる場所に行くことはできる。しかし、シングがこうなっている以上今ヒスイたちに絶対的な“正解”への自信を持つことは叶わなかった。
カルセドニーも溜息を吐いた。
「…シングの反応がないのなら、どうすればいいかは私たちで決めないと」
「スピルーンのある場所に、何か目当てでもあればいいのに…」
ヒスイの手が、シングの頭の上に移る。
――シングの顔が、一瞬だけ変わったのを誰も見ることはなかった。
「デスピル病、みたいなのがまたあったらそれはそれで困るけど」
「それでも、わたし達はもう大丈夫だよ!…なんて」
シングみたい、とコハクは笑った。その笑顔は、本来彼女が見せるものではなくて、少し――とても、悲しげなものだったけれど。
猪突猛進型で、思いついたことをやってしまい、勇気のスピリアだけ大きくなってしまったように突撃していったシング。実はそのシングの勇気が旅の勇気に繋がっていたことは、旅の顛末を知る者ならわかることだった。
ヒスイがシングを見ると、シングがその顔を見上げた。
「…サンドリオン」
「シング?」
「…サンドリオンに…」
ヒスイが目を開く。反応はないものと考えていたから、ヒスイはかなり焦った。
「サンドリオン?…サンドリオンねぇ…」
イネスが顎に手をつける。イネスの所謂“考えるポーズ”だ。
――機動結晶城、サンドリオン。
この星の中で有名なおとぎ話では“いばらの森”と話されるもの。2000年前にリチアの姉のフローラが作り出したソーマリンクのサーバーで、先の旅の際にクリードが目覚めさせたバレイア教の信仰先である“羽クジラ”のモデルでもあった。かつての戦いの際、ガルデニアに突入するための足場となり、今は白磁の月の周りを浮遊し、リチアとクンツァイトが眠っている場所。
懐かしい名前だわ、とイネスは苦笑した。
「サンドリオン?サンドリオンは空の上だよ?」
「リアンハイトって宇宙も飛べたかな?」
「いや、無理だ。サンドリオンのもとに行くことはできまい」
「じゃあ、シングはサンドリオンの何処に行けって言うのさ」
焦っていたヒスイが、ふと思い出す。
――いばらの森は、どこにあったか。
「ニーベルグ、か…」
「ニーベルグ!?…ニーベルグとは、軍の基地があった場所か?」
サンドリオンがその隠し場所となっていた場所。イネスにとっては先の旅での辛さが残る場所でもあった。カルセドニーら結晶騎士には知られている、特務基地らしい。
「ニーベルグ、ってでもサンドリオンを目覚めさせた時に崩れちゃわなかったっけ?」
「あぁ、そうだったな」
「それが、違うのよ」
イネスが口端をあげる。ソーマを手に取った。
「アイザック先輩やストリーガウがやったことは軍の失態だもの。マザーゼロムを作っていたことがインカローズによるものであっても、軍の人間がやったことに変わりはないの。だから崩れた跡を掘り起こして……今、元には戻らなくても復元しつつあるの。パライバ様がもうゼロムを世に出さないように、って軍に命令をして、ニーベルグの中をきちんと捜索させてるわ」
「じゃあ、行けば…」
「ええ、階級は下がってしまったけど、私の名前を出せば入ることは出来るわ」
ヒスイが手にソーマをつけた。それを切掛けに、全員がソーマを身に付ける。
テクタはシングのライダースーツを取り出し、シングの肩にかけた。
「ニーベルグへ行こう」
シングの表情は変わらない。テクタはシングに語りかけた。
「君の気持はわかっています。ですが、彼に着いて行きなさい。メモのことはわかっているけれど、彼に出会ってしまったらもう意味がないでしょう?」
「…」
シングは無表情な顔で、頷いた。
「メモ?」
「ええ。彼がこうなる前に、でしょう。彼の字で、私に頼るように、そしてヒスイ――君には知らせないように、と」
ヒスイは舌打ちをした。前から――というのがいつからはわからないが、シングは誰にも話すことがなかったということ。旅の途中で見つけ、一番の理解者であり一番の喧嘩相手であり、恋人だと思っていた。シングの方もそうであると、信じていたのに。
ぐっとヒスイの腕に力が入る。
「ニーベルグに行こう、」
ヒスイはもう一度、口に出した。





ニーベルグはかつての雰囲気はなかった。その異質な雰囲気も、醸し出す負の雰囲気もマザーゼロムが生み出していたものだと思うと、鳥肌が立つ。軍の基地であることには変わらないためか、普通の場所という雰囲気はなかったが明らかにかつての場所ではなかった。捜索を行う結晶騎士の者や、資材を出している軍の者が共に歩いているのを見るとかつての帝国の姿が嘘のようだった。
イネスが待ってて、と一言置いて姿勢を正して兵士の元へと歩いて行く。兵士がその姿に気付き、眉をあげる。
「イネス・ローレンツ大尉です。中へ入ることを願います」
「ローレンス大尉か…認めます、入りなさい」
イネスが敬礼をし、ヒスイたちを手招きした。
「…降格、ったって少佐から大尉に変わっただけじゃないか。ボクもっと下がってるのかと心配してたのに」
「大尉って結構偉いんじゃない?」
「偉いんだと思うぜ。兵士じゃねぇんだからよ」
「彼女は英雄の一人だからな。間違えれば一下士官になりえるところを、一階級降格で許してもらえたのだろう」
今、軍では佐官の地位にいる者が以前に比べ半分以下になってしまったという。イネスの仕事ぶりともとの罪を考えれば、早い内にもとの位置に戻ることは考えられないことではなく、間違えたらもとの少佐よりも上位官に昇格となるだろうとカルセドニーは説明した。
「シング、どこに行けばいいの?」
「………」
コハクの問いに、シングは答えなかった。コハクが哀しそうに肩をあげた。
「とりあえず、サンドリオンがあったところに行きましょう。地下の奥深くだけど、もう復旧されているはずだから」
ニーベルグの中はかつての状態を取り戻していた。イネスが言うにはかつてよりも綺麗になっている気がする、とのこと。ニーベルグを元の通り、特務基地としての機能を復活させるために捜索とともに建て直しているのだと言う。ニーベルグがその機能を本当に取り戻したら、イネスがそのトップに立つのだと照れた顔で言った。
ニーベルグの奥へと進んでいくと、明らかに重厚な扉に閉ざされた場所。その前に一人の兵士が立っており、中に入る者を制限しているらしい。その先にいばらの森があったことを知る者は少なく、どうやらとにかく危険だからという理由で制限しているようだった。
「すみません、中に入れさせて頂くことはできますか?」
「!イネス大尉ですか!わかりました、今開けます」
ヒスイは断られたら殴ってでも中に入ろうと思っていたのだが、すんなりと入れてくれた兵士に向けた拳を下げた。イネスが英雄であることが、軍の中で十分にその力を発揮しているのがわかる。
機械で舗装されている扉をくぐると、見覚えのある場所。
「ここは…変わってないんだね」
土が剥き出しになっている、その場所。サンドリオンが浮上したと思われる場所には大きな穴が開き、空が見えていた。その空の先に、白磁の月とかつてこの場に2000年もの間眠っていたもの。
穴の隅には、黒く染まってしまった血の跡がある。その場所には小さな花と、大きな花束が置かれていた。
「ええ、ここは…まだ復旧もされずにいるみたい。アイザック先輩の…遺体のこともあるから」
寂しそうに、イネスは説明した。
イネスが一歩踏み入れて、ヒスイがその前に出た。走ってその穴に近づく。
「、ここにも落ちてやがる…」
屈んだヒスイの手に、薄茶に光る欠片。それがスピルーンの欠片であることがすぐにわかった。集まった欠片がシングのスピルーンだとしたら、どうやらシングはかなり感情豊かであったらしい。コハクのもの以上に、様々な欠片がある。
そして、シングのスピルーンの全てがないのだと言うことも。
「シング、」
コハクがシングに手を伸ばす。その手はシングに届くことなく、シングはサンドリオンがあったその場所へと足を向けた。
シングがすっと立ち止まり、青い空に顔を向けた。

――オレが彼に出会ったのは、ここだったんだ。

誰かの声が脳内に響いて、ヒスイたちは顔を顰める。
その瞬間、シングの足元から白く輝き始めた。
「シングッ!?」
ベリルが叫ぶのと同時に、シングの周りに白い光が破裂した。その白さは、この場にいる者は誰もが知るもの。ヒスイは鳥肌の立つ腕を押さえ、シングの腕を掴んだ。ろくに食事も取らず、細くなってしまった腕はヒスイの手には小さすぎた。
かつて、テクタがジルコニアの負のスピリアに呑み込まれそうになった時のように。白い色は、シングを包み始めた。眩しすぎる光に霞んでしまう瞳を必死に開けて。
「チッキショウ、何が起きてやがる!!」
「待てヒスイ、このままだと貴方も…!」
「シングが連れていかれちまう…!!」
シングの顔はそのまま“白い”まま。恐怖も焦りも怒りも見られない。ヒスイには、こうして白い光に包まれていくことをシングが納得しているようにすら見えた。掴む腕に拒否はなかったが、腕に痛みが走る。
何かの膜が張られているかのように、光がシング達を包む。光の外にいる人間からはシングとヒスイは何かの宝石の中にいるように見えた。その宝石にカルセドニーが手を伸ばし、イネスがソーマを突き刺したが、どちらも弾かれて。コハクが近付いていっても、同じように跳ね返される。コハクの瞳から涙が零れ、叫び声も擦れて消えた。
「シング、ッ!!」
「ヒスイ!!」
「離さねェぞ…今度こそぜってぇ離さねぇ!!」
シングが、ヒスイを向いた。シングの瞳に光が灯り、それをヒスイが確認した瞬間、光が弾けて――消えた。
ヒスイの姿も、シングの姿も。

「シングっ!?お兄ちゃん…!!」























やっと真ん中、という予定です
サンドリオンのこととか、「ちがくね?」って思ったら連絡下さい…汗

































































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