時少。

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「朔那、校長がお呼びだ」

『分かったわ。
それより、ペルソナ……』

近づいて手をかざそうとすると無言で離れていってしまうペルソナに息をつく。
触れようとするとすぐに距離を取られるこの攻防は体育祭よりも以前から続いていた。

『もう…ペルソナが発動しない限り大丈夫でしょう?』

「……早く行け」

花姫殿で朔那にアリスをかけ死の直前まで追いやったことに負い目を感じているペルソナは、あれ以来朔那に近寄ることすらしなくなっていた。
顔をそらすペルソナにムッと口を尖らせ、もう一度手を差し出した。
またか、と呆れるペルソナを朔那は否定した。

『手を出して』

訝しげに言うとおりにすると、手の上に転がった優しい色の緑の石。
行ってきます、と部屋を出た朔那の背を見送ったあと、その石を握り締めた。
割れてしまったペルソナの制御石はすでに新しくなっている。

耳元で鈍く光る制御石は、どこか物悲しそうだった







初等部校長室の扉をノックすると、彼の声の許しで中に入るとそこには校長のほかに数人の護衛がいた。

『お呼でしょうか』

「朔那、君は佐倉蜜柑と仲がいいそうだね」

『…親友とまではいきませんが』

「十分だ。変に感情移入しない程度が君らしい」

クスクスと笑う校長。
それは一体どういう意味だと捉えきれない朔那に校長が告げた言葉は、朔那を驚きに彩らせるのには十分だった。
そして告げられた内容の次に言われたのは鳴海の監視ということだった。

『彼の監視ですか…理由をお尋ねしても?』

「彼には最終宣告をした」

聞けば、彼の左腕にはペルソナのアリスによって徐々に蝕まれているらしく校長の命令を実行しない限り治らないらしい。
その命令を彼が実行した場合の監視、そして報告を任せるというのだ。

話は以上だと部屋を出て本部の廊下を歩く朔那は無表情の下で思考を深める。

『(校長は鳴海が自分を裏切っていることに感づいている。それでも私を監視につかせるということは…)
長年の苦労が報われたかな』

ふ、と笑みを零すとある場所へと足を伸ばした。
体調不良ということで休暇を取った鳴海の部屋には、硬い表情をした岬が訪問していた。
鳴海の服を剥ぐと、右腕から肩にかけて黒い染みが広がっていた。

「お前…何でこんなになるまで隠してた…死ぬ気か…?」

岬の問いに鳴海は何も答えず、ただ笑う。
その目は覚悟をしている者の目だった。
身を翻す岬は校長にかけあうと言って出ていこうとするが、鳴海に告げられた「最終宣告を受けている」という言葉に足を止めた。
蜜柑が体育祭で発揮したアリスを証明しない限り、毒に犯されている体は治らないと。

「僕はずっと、校長が長年"先生"の"無効化を疎んじ、柚香先輩を執拗に憎み、追うのは何故か考えてた。
柚香先輩があの日、何故あそこまでして学園をでなければいけなかったか」

「ナル…?」

様子が変な鳴海に声をかけるが、鳴海は昔に思いを馳せて十数年前の様子を思い出していた。
柚香が子供が大好きだったこと、生い立ちか学園で育ったことから家族を切望していたこと、何故愛した人との子供を捨てて今の道を選んだのか。

鳴海は初校長が柚香を追う理由は、予想とは逆だったのではと告げた。
柚香と志貴が学園に侵入してきたときに志貴が使ったアリスは4つ以上。このことから、あるいくつかの可能性といくつかの仮定が生まれた。

「どんな能力をも石にして盗み出せる力と、どんな能力をも他人の体に埋め込む力」

その力を使い、柚香は校長の体に何かを埋め込みそれで追われているのでは。
その埋め込まれたものを取り除くために蜜柑の力が必要なら、それが済んだあと二人はどうなるのか。

単なる憶測の域に過ぎないが、それはとても現実味のある憶測だ。
そして鳴海はしっかりとした口調で、蜜柑にアリスを取り除いてもらうわけにはいかないと言った。

渋る岬に笑みを浮かべながら、何度も謝るものの譲らない鳴海に、どこからか溜息が聞こえた。

『ここまで根っからのバカだったとは…』

「朔那ちゃん!?今の聞いて…」

『先生方、扉はきっちりと閉めましょうね』

にっこりと笑う朔那が立っているドアは岬が出ていこうとしたまま開けられていた。
と言っても、閉まっていたとしてもアリスを使えば盗聴ぐらい雑作でもないことなのだが。

『先ほど校長から、あなたを監視しろという命令があったわ』

「監視…!?」

『あなたが蜜柑のアリスを証明するかどうかを逐一報告しろということよ』

「それで…どうしてわざわざ僕のところに?」

監視対象者にばらせば、監視の意味はほぼなくなるだろうに。
それなのに何故、そのリスクを背負ってまで告げたのか。
緊張感を滲ませる鳴海と岬に対し、朔那は顎に手を添えて考え込む。

『…もし鳴海が蜜柑にアリスを使わせたり、蜜柑の害になることをするようなら、黙秘してそのままのことを報告するつもりだったんだけど。さっきのバカな発言で十分だわ。
その案、協力しましょう』

「…え」

「如月!?」

『監視報告は真実を混ぜつつ虚偽の報告をするわ。あの人も私の報告すべてを信じきるわけもないし』

多少嘘をいれても構わないでしょう、とさらりと告げる。
初校長相手に嘘の報告が出来る度胸があるのは彼女ぐらいだろう。

『それに蜜柑のアリスがバレないように手も回す。あのアリスがバレたら少し厄介だわ』

「………」

『それと…ちょっと動かないで』

鳴海が横たわるベッドに近づいて腕に手を伸ばす。
何を、という鳴海を黙らせると、淡い緑の光が灯る。

『ペルソナのアリスは普通の薬じゃ効かない。そこまで進行していれば、薬でも無理だわ。
それにペルソナはアリスのコントロールは良いけれど治すことはできない』

「な、」

「だが、校長は…」

『命令を実行すれば治すってことは、蜜柑のアリスで取り除けば蜜柑は校長の餌食、実行しなければ鳴海は死んで校長の不穏分子はいなくなるっていう算段ね。
どっちにしろ校長にはいい方へと転がるわ。実行したが黙るっていう可能性が大いに有り得るから、私という監視をつけたんだろうし』

「どうしてそこまで…」

『太陽が届かないところにいたくないだけよ』

暗いところは苦手なの。そう告げる朔那は想いを馳せるように目を伏せた。
いつの間にか、腕の痛みは収まっていた。



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