時少。
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『……ッ!』
「朔那…これが君の"予感"?」
蜜柑が競技中に落下したことにより、応援合戦の判定は無効。
救護室に運ばれていく蜜柑を見ながら櫻野が朔那を振り向いた。
「君がアリスのおかげで大事ないが……よくあのタイミングで間に合ったね」
『言ったでしょ、"まとめ役"だって。競技範囲内にアリスを張り巡らしてたのよ。おかげでアリスは減ったけど』
左胸についている星のシールを見ると、3つのうち1つが点滅していた。
一回使うごとに減るカウントだが、使う範囲が広い割にカウントダウンが1つというのはまさに朔那の力量の賜物である。
むしゃくしゃする感情を前髪をかき上げて落ち着かせる。
今は蜜柑の心配よりも怒りの方が勝っていた。
蜜柑が落ちる原因を作った奴に対しての怒りが爆発しそうなのを必死で抑える状態だ。
「如月さん」
『………小泉さん』
「ちょっと、いいかな…?」
口元に手を添えて、控えめな笑顔を見せる小泉ルナ。そばに棗はいなかった。
櫻野の引き留める手を振り払い人目のないところに移動した。
「さっき佐倉さんが落ちた時、キラキラしたのって如月さんのアリスらしいんだけど、本当?」
『……それが?』
「すごーい、アリスのコントロールが上手なのね」
『用がないなら戻るわ』
猫をかぶった態度の小泉を視線に入れないよう踵を返そうとした朔那の腕が力強く引っ張られた。
反動で身体が後ろを振り返ると、目の前には小泉の顔が。
「そういえば、あんたには忠告をしてなかったかしら?あの方の意向を無視するなんて、ああ気に入らない。なんであんたなんかがあの方のお気に入りなのよ…っ」
『…ッ!』
血が止まりそうになるほど腕を握られて顔が苦しげに歪むのを見て狂ったように笑う小泉。
「あんたの騎士サマがうろついているおかげで近づけなかったけど、まあいいわ。
佐倉蜜柑、あの子を監視するのが私の仕事。邪魔しないでくれるかしら?」
『………』
「これはあの方からの命令よ。もしこれ以上邪魔をするというなら……あんたの大事なもの、一つずつ壊していってあげる」
忠告はしたわよ、と不気味に笑い去っていく小泉の背を睨みつけながら手が震えるほど強く握りしめた。
『………大事な、もの』
思いつかない。自分の大事なもの。
いっぱいある。この学園で、自分を失わずに済んだおかげでもあるから。
たくさんあるから、思いつかない。
『………蜜柑』
彼女を守るために、周りを捨てるか。
周りを守るために、彼女を捨てるか。
一瞬伏せた瞼を開いたとき、強い光が宿っていた。
「朔那?救護室行かないの?」
『うん、行かない』
「………朔那?」
どこか様子の違う朔那を不審に思った瑪瑙が眉間にしわを寄せる。
朔那ならすぐに行くと答えるからだ。
「佐倉サン、今やばいことになってるよ?」
『そう』
「朔那、本当にどうしたの?」
何もなかったのように水を飲む朔那を益々疑問に思う瑪瑙に苦笑した。
だがそれだけで、何も答えはしなかった。
▽
「佐倉蜜柑に、もう関わるな」
そう言う棗の言葉を聞いた。
心を切り裂くような鋭い言霊だった。同時に、守るような暖かい言霊でもあった。
蜜柑がその場にいるのを知っていて、蜜柑に守る価値はないと言い切る棗に苦笑した。
『棗、言い過ぎだよ』
「朔那様…」
『でも、間違ってはない』
スミレや流架がほっとしたのもつかの間、朔那の口から信じられない言葉が出たのに棗も目を見開いた。
『周りに守ってもらってばかりで……ご機嫌かしら』
「朔那ちゃ…?」
木の影にいる蜜柑に一歩、また一歩と近づいていくと同時に蜜柑もまた下がる。
いつもと様子の違う朔那に足がすくむのか、思ったように動かない。
『楽しい?周りが心配してくれるのは。
悲劇のヒロインはいつだって、人気者』
ス、と手を伸ばすと肩を大げさに揺らす蜜柑に嘲笑すると、伸ばした手を蜜柑の頬へと滑らせると一気に顔の距離を縮めた。
『反吐が出る』
耳元でぼそりと囁くと蜜柑の目は大きく見開かれ、耐えきれなかったように走り出した。
驚きに顔を染める流架達を一瞥すると目の端に映った小泉を気にしながら、何も言わずにその場を去った。
「朔那」
『…棗』
壁にもたれて空を見上げる朔那に棗が話しかけた。
何を言いたいのかは安易に想像でき、小さく笑みを零した。
『意外だった?私が言ったこと』
「………何か言われたのか、あの女に」
『どうしてそう思うの?』
棗は黙ったまま、何も答えない。
朔那もさり気なく誤魔化したことなので、追及するつもりはなかった。
『棗、守らなくていいよ。棗はしたいようにすればいい』
「何言って…」
『人を思い通りに操る能力は危険だわ』
強い風が吹きぬけた。
思わず目を瞑るほどの風の向こうに、見たことのないほど輝く朔那の瞳。普段は茶色の瞳は、光の加減のせいか金色に光って見えた。
だがそれも一瞬で、風が止んで乱れた髪を手櫛で直している朔那の瞳はいつも通りだった。
『私、そろそろ行かないと…』
踵を返そうとする朔那を腕を掴んで引き留めた。
戸惑う朔那の背中に腕を回し、ギュッと力を込めた。朔那の手が棗の服を恐る恐るとつかむと、一層力を込める。
数秒が数時間のように感じた。
最後に細い肩を抱いて、力を抜いた。
朔那の顔を見ずに走り去った棗の背中を見送り、一瞬瞳を閉じ、空を見上げた。
雲一つない、快晴だった。
▽
「蜜柑ちゃん」
委員長が青ざめた顔で朔那に言われたことなどを蜜柑に尋ねた。
気まずい顔をしながらも、蜜柑は仕方がない、と言った。
「よう考えたんやけど、朔那ちゃんがああ言ったのは何か理由があるとしか思えへん。うちが落ちた時に助けてくれたのは朔那ちゃんやったって、櫻野先輩が教えてくれた。
今まで朔那ちゃんに助けてもろたのに、うち信じることしかできへんけど…」
「それだけでも、十分だよ。佐倉さん」
「へ、霜月君」
落ち込む蜜柑に瑪瑙が嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
「よかった、君まで朔那のこと疑うならどうしようかと思ってたけど…心配いらなかったみたい。本当…朔那には敵わないや」
「朔那ちゃん…?」
「何で君に酷いこと言ったんだって聞いたんだ。落ち込んでるよって。そしたらなんて言ったと思う?」
その時のことを思い出しているのか、クスクスと苦笑に似た笑いを漏らす瑪瑙に蜜柑たちは首を傾けた。
「"蜜柑ならきっと大丈夫。強いから、私なんかには負けない"って」
「……朔那ちゃん…」
「佐倉さん、あそこ見える?」
瑪瑙が指を差した方に目を向けると、朔那が心配そうにこちらを見ていた。
蜜柑が目に涙を溜めて笑うと、驚いた顔をしてどこかへ行ってしまった。
「大丈夫、さっき言った通り理由があってね。ここからは君とは普段通りしゃべれないけど、朔那は君のこと嫌ってないよ」
「霜月君…ありがとうな」
「朔那が誤解を受けるのは嫌だからね。当然のことだよ」
「…霜月君、君は朔那の親戚だと言っていたけど本当かな」
「…そうですけど?」
櫻野が険しい顔で瑪瑙に尋ねると、さっきまでの柔らかい雰囲気はどこにいったのか、張り詰めるようなオーラをまとっていた。
それに動じず、聞いたことがないと言えばフッと鼻で笑った。
「それはそうだ。親戚と言っても会うことなんて片手で足りるくらい。遠い遠い血縁ですし。何より……彼女に血縁者だといわれることが光栄なことだ」
ぼそりと呟いた言葉を理解できるものは、この場に何人いるだろうか。
きょとんとしている表情を見てふっと顔を綻ばせた。
「もしあなた方が俺のことを警戒しているのなら、それは無用の心配。何より警戒心が強い朔那が証拠だ」
信用する前に疑うことが常な彼女が、自分に警戒心をむき出しにしないことが何よりの証拠だと言う瑪瑙に櫻野たちは納得せざるを得なかった。
「聞いたことがないから信じられない、ねえ…朔那のことはすべて知っている気でいるのか」
おめでたい頭だな、とぽつりと胸中にこぼした。
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(加筆修正:2018/06/07)