時少。

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『イヤイヤイヤイヤイヤ、ヤダ』

「朔那………わがまま言わないで」

『わがまま!?これわがままなの!?
誰が好きこのんでコスプレするの!?当然の反応だと思うの!』

引きずられる身体を必死に足を踏ん張り前に進もうとしない朔那に溜息をついた櫻野。
朔那が拒否しているのは体育祭障害競走名物"コスプレ回転ドア"だ。

『私があれ嫌いなの知ってるでしょ、秀一!』

「人間克服することも大事だと思うんだよね」

『まともなこと言ってるっぽいけど、単に私に着せたいだけでしょう!』


《おっと?紅組もめているようですが、そろそろ入らないと失格になります!》


「ほら朔那」

『………しばらく秀一とは口きかない』

アナウンスにより回転ドアを笑顔で指さし、言外に「さっさと行け」と言う櫻野に折れたのか、ぼそりと呟いた朔那は重い足取りで回転ドアへと向かった。

《さーてさてさて!学園の誰しもがご存じ如月朔那には一体どんな罰げ、もとい運命がふりかかるのか!》

「「「『(今罰ゲームって言おうとした)』」」」

触れるとカラ、と回るドアに一瞬躊躇したかと思うと、気を引き締めて扉をくぐった。
ごくっと、会場全体に緊張が走る。

≪さあ!一体どんなコスプレが出てくるのでしょうか!?…っと!こ、これは…!≫

『………』

思わず無言になった朔那の姿。それは俗にいうロリータ系コスプレ。ピンクのスカートにはふんだんに使用されたフリルとお揃いのヘッドドレス。朔那のために誂えたのではないかと疑うほどの出来栄えだった。
他の選手たちに比べればなんてことはないが、メイド風にもなっているため何とも反応のしづらい。

≪さすがは普段から日頃の行いがいいだけはあります!強い!強運だ!≫

≪普通のコスプレですかそれなりに反応がいいですねえ≫

実況が言うとおり、狙いなどなくともピンクのスカートが揺れるたびに会場は意外と盛り上がっていた。
今なら神野の気持ちがよくわかる。
外野からの歓声とカメラのシャッター音とフラッシュがきらめき、朔那の我慢は限界を超えた。
会場全体を朔那のアリスが包み込んだ。
キラキラと光りに反射する無数の糸が風と砂を巻き上げて砂嵐を巻き起こす。誰もが顔を腕でかばう。風がおさまると、すでに朔那はゴールしていた。

「な、なに今の…!?」

「朔那のやつ本気出したな…」

大体笑顔を絶やさない朔那が無表情である。全員の視界を塞ぎ、持ち前の運動神経を駆使した合わせ技に翼は苦笑しか出なかった。

誰よりも遅く参加し、誰よりも早く着替えた朔那は話しかけるなというオーラが漏れ出ていた。

「朔那!よく撮れてるでしょ?」

『………』(メキョッ)

「あああ!俺の朔那がっ!」

静かすぎる朔那に誰もが遠巻きに見る中、瑪瑙だけはカメラを手にうきうきと話しかけていたが、そのカメラも朔那によって粉砕されてしまった。

「朔那」

『………静音…』

椅子の上で膝を抱えて顔を伏せて落ち込んでいる朔那にかきつばたこと山之内静音が声をかけた。
今は敵だが同じコスプレに参加したもの同士のため、朔那はゆっくり顔をあげた。
その山之内の後ろにいる櫻野が同じように朔那に声をかけようとするものの、姿を一瞥しただけですぐに顔を背けた。

「朔那、まだ怒ってるの?」

『………』

拗ねた子供に対する声色の櫻野に対し、朔那は目の前にいる静音に抱きつき全身で拒否を示した。

「櫻野くん、ちょっと向こうに行ってくれないかしら」

静音の冷たい視線と朔那の態度に櫻野はここは一旦引くことにした。

「朔那、大丈夫?」

『……全員の記憶を消したい…』

「貴女ならできそうだけど、やめてちょうだいね」

よしよし、とあやされるように頭を撫でられる朔那の耳はいつになく真っ赤だった。
遠巻きに見ていた蜜柑達は年相応の振る舞いの朔那に少しばかり驚いていた。

「なんか…朔那ちゃんがかわええ…」

「あいつ、代表たちの前じゃ素直だなあ」

ぽりぽりと頬をかく翼が様子を見つつため息を吐いた。
たかが3つ差では、長い付き合いだとしてもあそこまで全身で甘えられることはされない。そのことが少し悲しく感じられた。







「朔那、お弁当にしよう?ね」

『………』

しばらく機嫌が悪かったためどこかで拗ねていた朔那を瑪瑙がランチタイムに誘った。
ケースを持って移動する際に肩を落としている蜜柑に遭遇。

『蜜柑…?何やってるの?』

「朔那ちゃん!うわー朔那ちゃんのお弁当もすごいなー…!うちのは……」

『ああ……そういうこと』

さすがはアリス学園。こんなときのお弁当も星階級制だ。
スペシャルである朔那は蕎麦やお節に似たお弁当だった。ちなみに瑪瑙はダブルということでサラダにデザートもついたお弁当。

『良かったら分けるわよ。私こんなに食べないし…』

「え、ほんまにっ!?」

「朔那、小食は体に悪いよ?」

『偏食の貴方がそれを言うの』

諭すように言ってくる瑪瑙に呆れた目を向ける。疑問符を浮かべる蜜柑や流架に説明をするために口を開いた。

『大の野菜嫌いに肉嫌い、乳製品はダメで魚介類もダメ、唯一食べるのが栄養剤や栄養ドリンクって…早死にするわよ』

「全く食べないってわけじゃないよ。朔那が作ったのなら何でも食べる」

『胸を張って言わないで』

もはや偏食の域を超えている瑪瑙に茫然自失の蜜柑はそういえばと話を切り替えた。

「棗は?別にお昼一緒に食べたいわけじゃないんやけど、ルカぴょんや朔那ちゃんと一緒じゃないなら一人で食べてんのかなーっと思って」

「棗なら…」

「棗君なら小泉さんを追いかけてどこかへ行ったわ…」

カッと雷鳴が光ったのかと思えば蜜柑の後ろに白目の正田スミレが。思わずのけ反った。

悔し泣きしているスミレに苦笑をこぼすと、スミレの標的が今度は蜜柑達に向かった。

「あんたたちが"付き合ってる"ってバカな噂、耳にしたんだけど…ま・さ・かよねえ…」

鬼のごとく揺らめくスミレに押され気味な蜜柑たち。そんな彼らを眺めていた朔那にも鬼の手は迫った。

「朔那様も…霜月君と付き合ってるという噂が…!」

『ハハハ、まさかー』

「朔那…そこは即答しないでほしいな……」

『瑪瑙とは単なる親戚よ。それ以上もそれ以下もない』

きっぱりと告げる朔那に瑪瑙は喜ぶべきなのやら悲しむべきなのやら……複雑な心境で目を伏せた。



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