時少。
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『ふあ…』
「ねむそうだなー」
体育祭当日。朝早くから睡魔と戦っていると、上から降ってきた声に瞬きを繰り返し目を細めた。
少し痩せた気がする。
『………久しぶり。あっちに移動してから忙しそうね…翼』
目元に星のある、帽子をかぶった中等部生…安藤翼。私の昔からの友人の一人だった。
「一人で抱え込みすぎるお前ほどじゃねーけどな」
『何のことかしら』
「ったく…」
呆れる翼から目を逸らす。危力系に所属すると、知ろうと思えば誰がどれだけどのような任務を抱えているか分かる。
翼は私の任務の内容を誰かから聞いたのだろう。渋い顔をしている。
「よく身体壊さねーな」
『こんなの要領を掴めば楽よ。言っておくけど余計なことをしても無駄よ』
私の任務内容を知ってからというもの、私の任務の一部を少しでもいいから自分に回せと頼んでいるらしいが、それは骨折り損というものだ。
決して他には回さないよう言ってあるし、ほとんどは私にしかできないようなもの。
それに…決定的なのは、経験と実力の差。
危力系になって数か月の者と、何年もやっている者。どちらに頼むかなんて明白だ。
『気持ちはもらっておくけど、今は自分のことを考えなさい。それでも余裕があるなら、蜜柑のことを頼むわ』
初めての体育祭にうきうきしている様子の蜜柑に目を向ける。新学期に入ってからというもの、翼に会えないことが心配になっているようだった。
「何だ、お前は寂しくなかったのか?」
『いい下僕がいないっていうのは不便だったわね』
「………」
「朔那!」
ニヤー、と嫌な笑みを浮かべるものだから、仕返しに言い返すと無言の返答。
ざまーみろ、と内心呟くと、瑪瑙が駆け寄ってきた。瑪瑙とは初対面な翼は、目を丸くして驚いていた。
「見ない顔だな?朔那の知り合いか?」
「朔那、何こいつ」
『瑪瑙…一応ここでは先輩。彼は安藤翼、中等部A組の"影使いのアリス"。昔からの友人よ。
翼、こっちは霜月瑪瑙。今学期から転校してきた私の親戚。"念力"と"瞬間移動"のアリス』
ざっとした軽い紹介に翼は若干驚くところもあったが、瑪瑙にニッとよろしくな!と笑ったが、一方の瑪瑙は目元を歪めた。
『瑪瑙』
「………ヨロシクオネガイシマス、安藤センパイ」
『はあ…』
カタコトで嫌悪感いっぱいなのが手にとるように分かり、頭を抱えて嘆息する。
まあ実際は瑪瑙の方が年上なのだから、敬語を使う気にならないのは仕方ないだろうが。
『とりあえず体育祭をがんばりましょうか』
その前に蜜柑のとこ行け、と翼の背中を押して、盛り上がる彼らを見ていたがこそこそと聞こえる話声が耳にまとわりつく。
「佐倉、朔那さんを脅して代わりに捕まるように言ったらしいぞ」
「自分を庇う様に仕向けたんだって」
「ひどーい…サイテーだねー」
『(自分達の方が余程最低だっての……)』
根も葉もない噂を信じ込む学園の生徒たちへの言葉をを呆れと軽蔑の溜息で吐き出す。
風紀隊に捕まりかけた蜜柑を助けたまでは良かったものの、それが噂のタネになってしまったようだ。最悪なのは、それが蜜柑をターゲットにしたものだということ。
「朔那、どうしたの?」
『瑪瑙…何でもない』
「そう?煩い蝿共を退治してこようと思ったんだけど」
『うん、必要ない』
だからその手をやめなさい。
ポキポキと関節を鳴らして今にもアリスを使いそうな瑪瑙を停止させる。怒ってくれるのは嬉しいけど、危害を加えないでほしい。
『瑪瑙の手を汚すほどでもないよ』
「………カワイイッ!」
『抱きつくなっ!』
正面から両腕を広げて飛び込んできた瑪瑙を引きはがそうと奮闘していると、誰かが引き離したようだ。
瑪瑙の後ろを見てみると、瑪瑙の首襟をつかんだ棗がいた。
『…棗…』
「何してんだよ」
「べっつにー?何か用?日向クン」
「………」
掴んでいた瑪瑙の首根っこを放し、真っすぐと見つめてくる棗の赤い瞳に少したじろぐと、愕然とする内容を告げられた。
「お前、付き合ってんのか。こいつと」
『………は?』
こいつ…こいつって…瑪瑙?
待って何で一体どうなって棗の中でそんなのが出来上がった?
とぐるぐると思案していると、考えられる要因としては、今聞こえてくる噂の数々。
それは蜜柑のものだけでなく、朔那に関することも含まれていた。
厳密に言うと朔那と瑪瑙について、だが。
「ほら、さっきも抱きついてた」
「やっぱり付き合ってるって噂本当だったんだー」
「如月さんのこと追いかけてきたらしいよ」
『(そうだ、そういえばこんな噂も流れてたんだった…!)』
蜜柑のことで頭がいっぱいだった朔那にとって、自分の噂など左から右へとスルーしていた。
否定しようと口を開いたが、棗の背後にいた小泉ルナの存在、そして自分の後ろで翼達と笑う蜜柑が脳裏を掠り、気付けば口が勝手に動いていた。
『棗には、関係ない』
「………そーかよ」
ぎゅっと握った掌に食い込んだ爪が、皮膚を傷つける痛みに知らないふりをした。
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