時少。

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いつもと同じように、今年もアリス学園に春が来た。
誰もが学年が一つ上がり、当然プリンシパルである櫻野と今井も専科にあがった。
そうすると、必然的に新しく生徒会長も変わることになる。

『とうとうメンバー替えか…』

「俺達の後は体質系代表の五島君が継いでくれる」

『五島……ああ、あの人』

一見温和そうに見えて、生徒の評判もそれなりにいいと聞くが、どうしても好きになれず大した接触はしていなかった。

『しばらく学園が荒れそうだな…』

「君がそう感じるなら、そうなんだろうね」

「警戒しておくに越したことはない。
俺たちもしばらくは初等部に出入りできる」

『は?』

「教育実習でね。君のクラスに僕と昴、山ノ内さんも行くんだ」

『聞いてないんだけど?』

「言ってないからね」

しれっと言いのけた秀一は「驚くと思って」と更に言いつのった。
さすがの朔那も専科1年で実習は驚いていた。
黙られていたことはともかく、確かに彼らが来てくれれば安心できるのは確かだ。

『あとの問題は風紀隊ね。蜜柑が捕まらなければいいけど…』

「僕たちも注意はしておくよ」

「それよりも朔那、いつから寝てない」

目聡い昴に朔那の肩が揺れる。
目の下を親指の腹でなぞるそこにはうっすらと隈があった。

「あまり無理はするなと言ったはずだが。顔色も悪い」

『無理はしてない』

「無茶も駄目だよ。新学期に入って任務の量を増やしただろう」

さすが、としか言いようがなかった。
うまくごまかせていると思ったが、彼らには通じないようだ。

「君が棗を大事にするから僕らも彼には目をかけているけど、君がそれほどまでにする必要はないと思う」

『前々から思っていたけど、棗に手厳しいのは何で?』

「…思うところはたくさんあるからね」

秀一にじっと見つめられ、昴は不機嫌そうに眉をしかめてしまい、朔那は何のことか検討がつかず首をかしげた。

「守られるだけなら、彼にその価値はないと思うけど」

『これは棗がどうこうじゃなくて、私が勝手にしていることよ』

話の行く末が棗に責任がいく方向になりそうだったのでやんわり否定しておく。
本当に棗を守っているわけではないから嘘は言っていない。
棗の任務を減らすことが結果的に必要となるからやっているだけだ。
だけど彼らはそれが気に入らないようだ。本当に過保護だ。
言い切る朔那にこれ以上苦言を言っても彼女の機嫌を損ねるだけだと渋々引いた二人に苦笑をこぼした。

『五島聖か…しばらくは様子見ね』





新生徒会就任式。
五年制の高等部生が専科に上がるため、新しい生徒会長のお披露目である。
そこにはプリンシパルの朔那も壇上に姿があがる。
そこには棗もいるが、なんだか気だるげに見えた。

『……大丈夫?疲れてるみたいだけど』

「別に。お前こそどうなんだよ」

『特には。そっちはあまり寮に帰ってないらしいけど?』

「人のこと言えるのかよ」

埒が明かない会話になりつつあるので、朔那はそこで切り上げた。
切り上げた理由はもう一つあり、五島が口にした内容だ。
風紀隊による取り締まりに生徒が騒ぐ中、櫻野も今井も渋そうな顔をしているのがうかがえた。

『棗』

就任式が終わると、音もなく立ち去ろうとする棗に声をかける。

『あまり、無茶はしないでね。悲しむ子が多いから』

「……おめーもな」

ふっと笑って立ち去っていく棗の背を見ながら、朔那も背を向けて足を進めた。

「朔那…!
お願い朔那、棗を止めて。オレじゃ止められない」

陽一を抱えながら必死な顔で走ってきた流架に、進めていた足を止める。
泣きそうな顔でお願い、という流架に申し訳なさそうに目を細めた。

『棗が決めたことなら、私は何も言えないよ』

「でも…!」

『流架、棗は棗なりに頑張ってる。私たちが信じられなかったら、棗は本当に一人になる』

だから、信じよう。それが棗の力になる。
流架が待っていてくれるから、棗も無茶ができる。

『もし棗が危なくなったら、その時止めればいい。
大丈夫、棗がいなくなるなんてこと…絶対させないから』

「朔那…」

陽一の頭に手を置いて、流架に笑みを見せて止めていた足を再度進ませた。
今度はその歩みが引き留められることはなかった。



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