時少。

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人形は所有者の目を楽しませるためのもの。
いわばコレクションだ。
主人の意思に背くことは許されず、壊れるか飽きられるまでその身が解放されることはない。

「朔那、お呼びだ」

『…わかったわ』

ひっそりと佇むペルソナに礼を言い、ソファに深く沈めた体と気を抜けば動かなくなる足を必死に動かした。
重厚な扉を開く。きい、と軽そうに響くのに、鉛でできているかのように重い。

『…失礼します』

「おいで、朔那」

子供のように高い声。
私の嫌う髪をサラリと撫で、頬のところで手を止めた。
黒い瞳は少しの動揺も見透かしそうで、顔や指の先まで神経を張り巡らせる。

「私の可愛いマリオネット。
身体も心も、どこにも逃がさない。私だけのもの…」

耳にまとわりつく不穏な言霊が、身体の自由を奪っていくようで。
本当に糸で操られるしかない人形になってしまいそうだった。

『(…棗……)』

凍えた身体や心を暖める、燃えるような瞳が頭に浮かんだ。





『………何で蜜柑は泣いていて、翼と美咲と殿はここにいるの?』

「出張なぐさめ」

何だそれ。
なぐさめ…蜜柑にだろうけど、余計に泣いてるのはなぜ。

「それよりお前、こんな時間まで何して…」

『(さすがに鋭い…)』

もうすぐ消灯、という時間にやっと姿を現した朔那に尋ねる殿だが、ふと一つの可能性が横切り、言葉を途絶えさせた。
気付かれないように注意を払っているのにも関わらず気付いてしまう殿には、感心を覚えずにはいられない。

『大丈夫よ…大丈夫…』

「顔色わりいな…早く寝ろよ」

『翼も…大丈夫だから』

頭を撫でてくる翼に苦笑に似た笑みで笑いかけるが、そのぬくもりに内心ほっと息をはいた。
やっと手に温度が戻ってきた。
蜜柑が泣いている訳と三人がここにいる理由を尋ねると、同じクラスの星野保志雄という男の子のアリスがなくなったそうだ。

特力のお別れ会のせんべつに、蜜柑は自分のアリスストーンをつくって渡したが、それだけ受け取ってもらえなかったことにショックを受けているらしい。
翼達は保志雄が熱を出したためその見舞いついでに蜜柑のなぐさめに来たらしい。

『そう…保志雄君のアリスが…』

アリスがなくなった者は、学園に留まり続けることはできない。
たとえ親から隔離されたこの環境であろうと、自分が育ってきたここから離れるのは辛いだろう。

『(……羨ましい、と言ったら…不謹慎なんだろうな)』

しかしそう思わずにはいられない。
自分はいつになったらこの鳥籠から逃れられるのだろうか。

「朔那?」

『え、…』

「本当に顔色わりいぞ」

マイナス気分だったからだろうか。
ふと朔那の顔を覗き込んだ翼が心配気に眉を寄せていたほどに、朔那の表情は暗く、重かった。

『大丈夫。少し疲れただけだから。
それに…今一番つらいのは保志雄君だろうし…』

「え」

『保志雄君、家族の記憶がほとんどないような時に来たらしいから。陽一と同じくらいだったかな』

「そーだな。最近は手紙も来ないって言ってたし。
そんなおぼろげな印象の家族のところに帰る複雑さは、俺達が思っている以上にきっとあるんだよ」

彼のことはよく覚えている。
感情で天候を操る物珍しいアリスは面白いと思ったし。

そんな彼も、アリスという呪縛から解き放たれていくのかと思うと、少しさびしくなった。

『……私、そろそろ寝るわ。お休み』

「あ、朔那ちゃん!明日ほっしゃんのお別れ会の買い出しいくねんけど…」

『ごめんなさい、明日は用事があって…。
お別れ会も多分出れないと思うの』

ごめんねと哀しそうに笑って部屋へと消えていった朔那は、さきほどから胸を焼くような熱さを耐え、部屋に入った途端崩れ落ちた。

『…っ、う…』

胸元を握り締め、足に力を入れて机へと歩いていき、引き出しを開けて袋を取り出した。
何種類もの錠剤だった。
手あたり次第に何錠か飲み込み、むりやり喉奥へと押し込んだ。

『……はあ…』

ずるずると机に沿って座りこみ、項垂れたままじっとしてると、やっと痛みは治まった。
汗で額に張り付いた髪を払い、ペットボトルの水を一口、口に含んだ。

『そろそろ、貰いに行かないと…』

先程の袋の中身。もう残りわずかだ。
これがなくなれば、この身は自由になるだろう。自分の最大の望み。
だけど途中リタイアは赦されない。誰よりも、自分が赦せないのだ。

だから愚かだと思いながらも、小さな薬に頼ってしまうのだろう。

『………本当に…滑稽…』

目を腕で覆い、沈んでゆく意識に身をゆだねた。




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