時少。

□30
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初等部、中等部に先立ち、高等部の卒業式が行われた。
五年制の高等部を終え、堂々と門をくぐり、外界に触れることができる。
学園からの卒業、成人式の意味も含む式を、自分は何度見てきただろうか。

そしてまた、昔からの友人達が減ってしまった。
喜ぶべきなのだろうが、複雑だ。

『(さて……戻りますか)』

涙を流す卒業生たちに背を向けて、今自分がいるべき場所へと足を向けた。




教室に向かうと黒板に第一音楽室へと書かれてあったので、ドアノブを掴んで開けようとすると、ぐにょ〜んと聞いたことがない音が聞こえた。
覗くように扉を開けるとパーマこと正田スミレちゃんが憤慨していた。

「そんな才能すててこーいっ!」

『……何事?』

「あ、朔那ちゃんっ」

話を聞くと、蜜柑の提案から始まり委員長のつるの一声によりクラス全員で初等部の卒業式に演奏をすることにしたという。
各々が得意な楽器を選んだところ、縦笛にバイオリンにピアノ、果てには創作楽器というまとまりのないバンドになっている。

『あれ…棗ってサックスできるんだ?』

「………」

『………え?』

知らなかった真実に関心していると、ブピー…と音色とは言いがたい音がサックスから聞こえる。
一瞬耳を疑ってしまった。
それでも吹き続けている様子からすると、どうやら気に入ったようだ。

『……トランペットでもしようかな…』

少しでもバンドっぽい感じの楽器を入れようかと思い、トランペットを選択。

「…できんのか」

『やったことはないけど…』

本でも見ればできないことはないだろう、と側にあった本をペラペラとめくる。
指の押さえと息の吹き込みかたなど一読して実践してみると、案外簡単にできた。

「わ!すっごーい朔那ちゃんっ」

『正田さんたちに比べればまだまだよ。練習しないとね』

せめてぐにょ〜ん以外の音を出せるようにしたい。
個人的な意見としては、みんなが楽しめればそれでいいと思うのだが、やはり正田さんの練習は厳しいようだ。
鞭を振るう様子が浮かぶほどにスパルタな指導にみんな疲弊している。

「ビプゥ〜…」

一方で変な音が出るにも関わらず吹き続けている棗に流架と顔を見合わせてクスクスと笑う。
それにしても、と。
少し厳しすぎな気もしなくはない。と思っていると心読みを皮切りに不満が止まらない。

「朔那…」

『うーん…一時様子見ね』

困ったような顔をしている流架には悪いけど、こういう意見の言い合いは大切だ。
棗も面倒なのか同じ意見なのかは分からないが、傍観を決め込むようだった。
いざとなったら止めるけど…と、思ってたんだけど。

『少し様子を見すぎたかな…?』

巻き込まれた蜜柑が正田さんを追いかけたのを見て廊下に顔を覗かせた。
蜜柑が説得するも、売り言葉に買い言葉で蜜柑も喧嘩してしまった。
慌てて止めて蜜柑は教室に戻したものの、何も解決していない。

『どうして神野にいい演奏のみ許可するって言われたことは言わないの?』

今のままじゃ演奏する許可はもらえないから、正田さんは悪く言われようが厳しくしていた。
そのことをみんなに言わなかった結果、すれ違いが起きてしまった。
悔しそうに顔を歪める正田さんに苦笑を零した。

『蜜柑の言う通り、上手な人も下手な人もいるのが当たり前で、人数が多ければ多いほど完璧な演奏なんてプロでもない限り無理よ。
正田さんの責任感が強くてまっすぐなところはステキだけど…もう少し素直になることも必要かもね』

「え…」

『折角一人一人の注意点書き出したやつもあるんだし、ね?』

「朔那様気づいて…!」

顔を赤くして慌てる正田さんが微笑ましい。
ふと聞こえてきたメロディに正田さんと顔を見合わせる。決して上手いとはいえない音楽だが、聞いているこっちも楽しくなる、そんな音だ。
聞き入る正田さんにどうする?と聞いてみたが、素直になるのは難しいようだ。
書き込んだ楽譜を手渡され、第2音楽室へと向かう正田さんを見送った。

「あ、朔那ちゃん。それ何?」

『委員長、なんだと思う?』

委員長に手渡すと、すぐに一人一人の癖や注意点が書き込まれていることに気づき、それが正田さんのものであると察したようだ。
それを参考に練習しようと呼び掛ける委員長に、いい方向に行きそうだと感じた。

結局演奏二組というのは進行上無理のようで、エントリーの早かった正田さんたちか実力が上のほうにしか演奏できないらしい。
演奏云々の前に、出場の危機である。



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