時少。

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「棗」

木の上に座って遠くを眺めていた棗のところへ、下から声をかけた流架は滑らないように支えられながら棗の横へと腰掛ける。

「……なつかしいね、この木」

木の上から学園の敷地を眺めるルカの目は、少し前の過去を映していた。

「今の棗の笑顔、佐倉がつくったんだね。
だから棗は学園に残ったんだね、佐倉を守るために」

しばしの間を空けて、棗はしっかりと頷いた。
蜜柑が来てから棗に笑顔が戻った。心が穏やかになった。それは棗自身も気がついていた。
だが、蜜柑だけが理由ではない、ということは棗も流架も知っている。

殺伐とした学園の中で、棗がこの程度でいられたのはひとえに朔那のおかげであるのは明白だった。

「朔那、大丈夫かな…」

先日、棗と流架は目の覚めない朔那を見舞いに病院へと向かった。
病室のドアを開けると、そこにいたのは白いシーツにくるまれて眠る朔那と、朔那を守るように傍にいる櫻野秀一と今井昴だった。
自室のように馴染む二人に居たたまれず、棗と流架は数分で帰ってきたしまったため、眠る朔那の顔を少し見ただけにとどまった。

「でも、染みはもうなかったね。よかった」

「ああ」

朔那の顔や手と、少なくとも目に見える範囲にペルソナの黒い染みはなかった。
蜜柑のようにアリスストーンを作り出したのかと疑うが、朔那は昔から不思議なことが多かったため、どうにかしたのだろう、と納得せざる得なかった。

そのどうにか、という部分を知らない自分に棗は腹が立っていたが。

きっと起き上がった朔那に問い詰めてもはぐらかされるだけだろうと棗は諦めていた。
大事な部分をはぐらかすのも、昔からだった。

昔から、といっても棗と流架の二人が朔那と知り合ってまだ2年ほどだ。

翼や殿内、他諸々と次から次へと出てくる朔那の昔を知る友人たち。
その彼らでさえ知らないことを知っている櫻野と今井に、棗は朔那のことを見失いそうになる。
傍にいるのに、どこか遠い朔那に、棗は焦りを覚える。

「そういえば、朔那は葵ちゃんと知り合いだったんだね」

「ああ、地下でのあれか」

地下で現れた朔那に葵が反応していたのが気になっていたが、地下に囚われていた葵の話し相手だったと葵本人から聞いた。

「すっごく優しくて、外の話をたくさんしてくれてたの!今思えば、お兄ちゃんとルーちゃんの話もしてくれてたんだよ」

葵の朔那への好感度は高いらしい。
クリスマスやお正月などイベント時はもちろんのこと、それ以外でも度々あの地下へと足を運んでいたらしい。
たまに姿が消えるのはそのせいか、とやっと一つ謎が解けた。

「目が見えるようになって初めて会ったとき、思っていたよりもすごくキレイでびっくりしちゃった。
……でもね、お兄ちゃん。葵、前にも朔那ちゃんに会ったことがある気がするの」

あの琥珀色の目に見覚えがある、と葵は不思議そうな顔をしていた。

「葵ちゃん、そんなこと言ってたんだ……でも、オレも朔那と初めて会ったとき、なんとなく初めてじゃないような気がしたんだ」

変かな、と笑う流架に、棗は首を振って自分もだと告げる。
棗と流架が朔那にあったのは2年前。町が火に包まれた次の日のことだ。

棗と流架の容姿に周囲が騒ぐ中、そこだけが別空間であるかのように朔那はいた。
たまたま朔那の横が二人分空いていて、二人はそこに座るよう促された。

子供らしからぬその雰囲気に、流架は何も言えなくなった。
きれいな髪と瞳。流架は棗と出会ったあの時を思い出していた。

誰かに似てると思った、誰かを守ると決意した瞳。

『よろしくね』と笑う彼女も、深く決意したのだと流架は悟った。
それと同時になぜか懐かしさが込み上げた。
棗も動かず、目を大きくして朔那を見ていた。
『どうかした?』と尋ねる朔那に棗はそっけなく返事をしただけだが、彼らが仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。

「え、朔那ってダブルなの?」

『うん、そうだよ。そんなに驚くこと?』

「いや、ずっと学園にいるって聞いたから、もっと上だと思ってた」

過ごしていると、朔那はとても思慮深く、一緒にいて落ち着いた。
能力別のクラスはどこかと聞くと、少し躊躇った後に危力系だと教えてくれた。
棗と同じだと気づいた流架は、ぎこちなく笑う。彼女も棗と同様に”任務”をしているのかとどうしても考えてしまった。

『最近、棗の任務が多いこと…気にしてるの?』

「え…」

『顔見ればわかるよ』

棗の任務が増えれば増えるほど、流架のバッジは増えていく。それを流架が気にしないわけがなかった。
任務をすればするほど、棗の心が荒れていくのが見て取れる。

『大丈夫。今はつらいけど、絶対に、大丈夫だよ』

だから笑って、流架。
朔那がかけてくれる言葉は、その言葉自体が温度を持っているかのようにじんわりと心に温めてくれた。そして、その言葉にも流架は身に覚えがあった。記憶にはない。どうあっても彼女と会った記憶はない。しかし、安心感を覚えるのは何故か。

警戒心の強い棗が朔那にはそれを緩めていることに、流架は無性にうれしかった。
学園に縛られるだけの棗にも、安心する場所ができたから。

「棗、朔那ってすごいよね。朔那が言うとなんでもその通りになるし、なんでも出来る気がするんだ」

「ああ……そうだな」

笑顔の流架につられたのか、心からなのか。
そう返事をする棗の顔は、穏やかに笑っていた。

「早く会いたいな…」



流架の呟きに、棗は朔那の陽だまりのような笑顔が浮かんだ。




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(加筆・修正:2017/01/25)

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