時少。

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「朔那……?」

「…どういうことだ殿内」

翼に抱かれている朔那を目にした途端、肌を刺すような空気に変わった昴と秀一に殿内は冷や汗を流すが、蛍との間に火花が散った。

「あなたが、ペルソナのアリスから唯一生還した人間だってことを聞いてここに来ました。
お願いです、二人を助けてください。今後もう決して、ご迷惑をかけませんから、今回だけ私たちに力を貸してください」

お願いです、と頼む蛍。
昴が動かずにいると、自身の服の裾を弱々しい力で引っ張り見つめてくる朔那の目に溜息をついた。

『…すばる…』

「…殿内、増幅のアリスを発動させろ」

アリスを発動させた昴は、アリスを完全に治す方法は知らず、応急処置をしているだけだと告げた。
より酷い状態である朔那にアリスを発動させようとすると、それを拒む朔那に昴は目元を険しくさせる。

「……無茶を言うな、アリスを二度食らっただろう」

それでもなお蜜柑を先に、と懇願する朔那に眉根を寄せるが、望み通りに蜜柑にアリスを集中させる。

「おい…大丈夫なのか」

「朔那が言うんだ、仕方ないだろう。こうなってはテコでも動かない」

『殿、大丈夫だから…』

「別の部屋に移動させるよ」

簡単に願いをきく昴に対して心配そうに朔那を見やる殿内に、朔那は安心させるように痛みに耐えつつ笑顔を浮かべる。
その様子を見ていた秀一はソファに横たわっていた朔那を静かに抱きあげて、別の部屋へと運ぶ。
寝台へと横たわせると、その額に浮かぶ汗をぬぐった。

「相変わらず無理をする…」

『……大丈夫、すぐ……』

「ゆっくりでいいよ。こっちは何とかするから」

『…ふたりがいれば………だい、じょ…』

安心させるよう柔らかく声をかける秀一に、朔那は静かに微笑みながら意識を失うようにして眠りについた。



:::::



「俺は、葵を連れてここを出る」

扉越しに聞こえた声に、朔那の瞼が震えた。
痛みが残る体は、聞こえた言葉だけを頼りに動こうとする。

『なつめ…』

「朔那…っ」

『学園から……いなくなるの…?』

扉に寄りかかるようにして立つ朔那の声も、表情も、まるで迷子になった子供のようで。
棗は何も言えなくなってしまった。

「いつもの君ならともかく、今の君にはそれはずいぶん非現実的な意見だな」

花姫殿での結界でアリスを使い、疲労で身体もボロボロ。脱出が成功したとしても連れ戻され、今の状況よりも辛い立場になる。

何より、初等部校長が蜜柑達を許すほど甘くない。

「でも、葵ちゃんはもうアリスじゃないのに何で…っ!アリスでもないのに、これ以上彼女が学園に苦しめられるなんて、そんなのおかしい」

せめて葵だけでも帰してあげたい、と。
棗の学園に来てからの二年間をともに過ごし、見てきた流架にとって、それは自身の願いでもある。

「おい今…葵ちゃん…"アリスがない"って言ったか?」

「何だよ殿」

「いちかばちか…」

指示を出す殿内に、全員怪訝な表情を隠しきれない。
今回の事件よりも大きな事事件を起こす、とケータイを手に行動を始めた。

非アリスである葵を公のもとに出すことで、学園側への不信感を募らせる。そうすることで、こちら側への対処を遅らせるというものだ。
追っ手につかまることなく、無事に屋上へと移動した棗と葵。モニター越しに見ていた朔那は蜜柑の様子がおかしいことに気がついた。
さっきと違い様子が変わり、熱があがっている。気になるのは手にはもっていなかったはずの黒い石だ。
殿内が限界を感じ、病院へと急ごうとするのを昴が引き止めた。

「殿内、みろ」

みるみると蜜柑の身体にある黒い染みが薄れていく。

「手に持っている石…染みが薄くなる前より、随分色も濃く大きくなっていないか……?」

「もしかしてこれ…蜜柑のアリス石…!?」

無効化のアリス石かと問うが、蜜柑のもつ石はそれなりの能力者でもそうそう作れないそうで、ましてや一度も石を作ったことのない蜜柑が作れるはずがないのだ。
アリス石の色は本人の性格などに左右される。黒く不気味な色は蜜柑には似つかわしくない。

自分のアリスを石にして発動させている、というよりは、自分の体内からアリスを出している、と解釈した秀一はペルソナのアリス石ではないかと分析する。

「…今言っていることがあたっているとしたら、こんな風に他人の体からアリスを石にして取り出す力に心当たりがある」

秀一の言葉に、とある人物の姿がよぎる。

「潜在的に持ってて今この時に発動したと考えても、そうそうこんなレアなアリス…。
遺伝的なものならともかく、偶然にしちゃこんなアリス……」

『……染みが…薄くなった…』

「熱も随分ひいた」

安心してもいい状態になったことに、朔那は詰めていた息を深く吐き出した。

『…っ』

「朔那っ」

安心したと同時に体の力が抜け、その場に崩れ落ちた。
慌てて流架が支えるが、その身体の熱さに驚いた。

「朔那…っすごい熱…!」

「見せてみろ」

アリスを送り込む昴に秀一が尋ねると、触れていた手を離して静かに抱える。

「……別室に移動させる」

「ちょ、」

「安心していいということだ。その子に安心して疲れが押し寄せただけのようだから大丈夫」

秀一の言葉に胸を撫で下ろすも、朔那はろくに治療をしていない。
蜜柑のように石を出してもいないにも関わらず、大丈夫だというのはどういうことだと殿内や翼が尋ねる。

「彼女には前々から今井のアリスストーンを渡してある。それが上手く作用したんだろう」

まだ納得いかない部分が多いが、これ以上話すことはないと秀一に切り上げられてしまった。
なにはともあれ、と二人が無事であることにほっと胸をなでおろした。


:::::


その日から、一週間が経った。

中等部での出来事は、証拠不十分ということで処分は保留。
これ以上大騒動を起こすわけにはいかないためと、中等部校長による知らぬ存ぜぬにより深く言及出来なかったためだ。

そして、蜜柑が寝込んでいた一週間。
葵の視力と記憶の治療が行われていた。

初等部校長は生徒の希望通り、葵を保護者のもとへと帰すことにしたようで、今日がその日であるらしい。
正門前で、棗達と共にいる葵。
すっかり目は元通りらしい。

「みかんちゃんも体…」

「ウチも何で治ったか分からんねんけど…殿先輩も蛍のお兄さんも何も教えてくれへんし、とにかくほんまビックリ」

「よかった……でも、朔那ちゃんは…」

蜜柑の無事に顔をほころばせるも、もう一人の状態について顔を俯かせた。

あの日以来、朔那は未だ寝台の中で瞼を閉じているらしい。
身じろぎさえしない朔那に不安になるが、櫻野や今井によると、命に問題はなく、後は目覚めるのを待つだけというらしい。

「まだ目が覚めてないんやって…」

「でもね、一度お話したんだ。目がすっかり見えるようになって」

「ほんま!?」

「うん!葵があそこにいるとき、よく話し相手になってくれてたの!だから一度でいいから顔が見たくて」

お願いしたところ、少しだけだと言って病室へと連れていってもらったらしく、その時、朔那は目を覚ましたらしい。


「琥珀の君…」

『……"朔那"』

「え…」

『もう、あそこにいる必要はないんでしょう。だったら花名で呼ぶ必要もないわ』

「……朔那ちゃん……ありがとう…」


その後、少し話すとすぐにまた深い眠りに落ちたらしい。

「記憶も、全部戻ったの。
だけど……なんだかすっきりしなくて」

「え?」

「大切なことを忘れている気がして…。
どうしてか朔那ちゃんが知っているような気がしたの」

聞いても、困ったように笑うだけで、どうしてもそこから踏み行ってはいけない気がして…それ以上は聞けなかった。


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