時少。

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『ペルソナ…?』

暗い地下を進んでいると、のばらを横に抱えたペルソナの姿が浮かび上がるように現れた。
朔那が静かに声をかけると、ひっそりと薄い笑みを浮かべた。

『颯達は?』

「侵入者の始末に行った」

『(侵入者…)』

足元に雫を垂らし波紋を広げるようにして地下全体を把握しつつ進んできた朔那は翼と陽一が颯と瑠依に対峙していることを知り、ぐっと眉根を寄せた。

「お前は何をしにきた?」

『葵の顔を見にきたの。お正月だしね』

「…朔那、お前は何故雪葵をそう呼ぶ」

ペルソナは、出会った当初から"葵"と呼ぶ朔那に訝しげに尋ねた。
疑われている、と直感的に感じた朔那だが、誤魔化そうという気はさらさらなかった。

『あの子には"雪葵"よりも花の"葵"という名の方がよく似合うでしょう』

それは本心からの言葉だった。盲目ながら、ひっそりと傍に寄り添う花のような女の子。
懐かしげに目を細める朔那にペルソナはそれ以上問い詰めることなく、腕の中で眠るのばらに声をかける。
腕で眠るのばらに呼びかけると、閉じられた瞳がゆっくりと開くが、その目には光は宿っていなかった。

『のばら(トランス状態…)』

「………」

朔那が名前を呼んでも反応しないのばら。
今ののばらは任務の時のみに出る状態。つまりは攻撃体制である。
この状態ののばらを呼び起こしたということは、棗達に対峙させるつもりか。

「のばら、行っておいで」

『ペルソナ、のばらはアリスを使いたくないの。お願いだから、これ以上彼女を傷つけるのはやめて』

「………のばら、行け」

『ペルソナッ!』

止めてものばらを向かわせようとするペルソナに、必死に呼びかける。
足を進めるのばらに、朔那は小さく舌を打ち、仕方なしにアリスを使う。

『…行かせないわ』

「朔那……私に逆らう気か」

『違う……守るために、止めるの。お願いよ、まだ間に合う』

「………」

『ペルソナっ!』

「…うるさい!」

『…っ!!』

厳しい目で射止められた朔那の身体に激痛が走り、黒い染みが浮かび上がっていた。
一瞬の油断。
張り巡らせたアリスが弱まったところを突いて、アリスを使ったのだ。胸を押さえて廊下に蹲った朔那を冷たい目で見下ろした後、のばらとともに暗い先へ歩いて行った。

『…っ、!(こんなに、苦しいなんて……)』

息をすることさえ疲れる。
肺が焼けるように熱い。
瞼が少しずつ下がると同時に意識が薄れていく。
廊下の壁に頭を預けたまま、朔那は熱い息を吐きながら眠りに落ちた。



:::::



棗達に手を伸ばそうとしたペルソナに、蜜柑が身体に抱きつくような体当たりをして棗達から引き離した。
しかし床に倒れる際にペルソナの仮面が外れ、その切れ長の目は蜜柑を厳しく射止めていた。
蜜柑が起き上がると、その身体には点々と黒い染みが出来ていた。

「バカぞろいの無効化が…能力に自惚れて、仮面を外した私に触れたのが運のつきだ。
…他人事に首をつっこんで、自業自得の事故をひきおこした。その己のバカさ加減をせいぜい呪って朽ち果てていくがいい」

「ペルソナ、いくら懲罰でもやりすぎでは…」

落とした仮面を片手に持つペルソナに八雲は咎めるような言葉をかけるが、ペルソナは事故と言い張る。

「何が事故だ、てめぇ…ペルソナ…!!!」

アリスが怒りを表しているかのように、棗のアリスがペルソナ達の周りを激しく燃えていた。

「っ!?」

「棗!」

いきなり蹲った棗。
棗のアリスが姫宮の結界を犯し、その騒ぎを彼女に伝えたのだろう。
何より騒ぎと厄介を嫌う姫宮。
結界を強めたことで、棗自身への負担が大きくなった。

「今井っ」

廊下に倒れた蛍が、ペルソナに向けてバカン砲を撃とうとしていたが、気づいたペルソナが蛍に目を向けてアリスを使おうとしていた。

「あぶない蛍っ」

蜜柑がペルソナに体当たりをし、無理やり彼の目を自分にむけさせたようとするが、それは何かにピタリと止められたようにしてペルソナの身体からは離れていた。

『ダメよ、ペルソナ。これ以上は、赦せなくなる』

「え…」

聞こえた声に、そこにいる全員の動きが止まった。
ペルソナの背後の廊下の先から姿を現した朔那を目に映すと、その姿に驚愕した。
白い肌には、蜜柑と同じように黒の染みが。

「朔那…!それ……っ!」

『うん、ちょっと……しくじっちゃって』

驚きのあまり声も出ない流架達に、朔那は苦笑に似た笑みを浮かべた。
その染みは蜜柑よりも少し濃く、足取りは今にも倒れそうなぐらいフラフラと頼りない。

「ペルソナ…!」

『棗、今はアリスを使ってはダメ。姫宮様の結界が強く働いている』

棗が怒りに任せてアリスを使おうとするのを朔那が止めた。
結界が強固に働いている場所で、慣れていない棗がアリスを使おうとすると、その負担は何倍にも膨れ上がるのだ。

「……その声…琥珀の君…?」

『…うん、そうよ。記憶が戻ったみたいでよかったわ』

棗の後ろで小さくつぶやいた言葉は朔那にも聞こえており、その赤い目には見えないであろう安堵の笑みを浮かべた。
蜜柑たちは朔那と葵が知り合いであることにも驚いたが、葵が記憶喪失であるという事情も知っていることに目を見張る。

「……朔那、どういうつもりだ」

ペルソナは倒れそうになってまで身体をはる朔那に向けて唸るように尋ねる。
あくまで朔那にかけたアリスは命に関わるものではなく、ペルソナにとっては懲罰のようなものだった。それでもペルソナのアリスはじわじわと朔那を苦しめる。

少し痛い目を見ればおとなしくなるだろう。

その程度の気持ちで痛めつけた少女は、大人しくなるどころか未だにその瞳に光を宿し、まっすぐにこちらを見つめている。

『これ以上、アリスを使わせないわ。少なくとも彼らには』

「その状態で、そいつらを守れるとでも?」

『………あまり、私を甘く見ない方が身のためよ?』

目を細め、小さく嘲笑すると、ペルソナと八雲の周りの空気が変化した。
言葉に表すことさえできないような、異質の空気。
それは棗達にも感じられ、朔那以外の全員が汗を流した。
少しでも動けば、という空気の中、朔那は悲しげに悲痛な声をペルソナに向ける。

『どうして、貴方はあんな男のために……』

「………あの方のことを、知った風な口をきくな…っ!」

『っ…!?』

膨れ上がったペルソナのアリスに、朔那の力がはじき飛ばされた。
それと同時にペルソナの目は朔那を射抜いており、朔那の身体が再び黒に染まった。

「朔那っ!」

「朔那ちゃん!」

『だい、じょうぶ……』

駆け寄ってこようとする蜜柑達を手で制する。
触っても伝染ったりはしないというペルソナの言葉に一瞬目を閉じて、床についた手を握り締める。

『蜜柑、力を…貸してくれる?』

「…うん!」

力強く頷いた蜜柑に、微笑んだ。

「みんな、ウチと朔那ちゃんが、何が何でもこいつを止めるから」

「何バカいって…」

「ウチは、お前なんかに絶対負けへん。死んでもお前なんかに、ウチの仲間をこれ以上傷つけさせへんっ!」

こんな状態であっても、前を向くことを忘れない蜜柑に、朔那は尊敬の念を抱く。

『(どうしてそんなに……)』

強くあることができるのだろう。
身体を蝕むペルソナのアリスは、本当に苦しくて、辛くて。
自分を顧みないその言動に、脳裏に一人の人物がよぎったことに、小さく笑った。


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