時少。
□22
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「それじゃ、安静にしてなさいね要君」
「はい」
アリス学園敷地内にある附属病院。
そこの一室に、温和そうな風貌をした青年がベッドに横たわっていた。
一人の看護師が部屋から出て行くと、要は窓の中から空を見上げた。真っ青な、晴れた日だ。
「良い天気だなぁ…」
読みかけの本を開き、穏やかな時間が流れる。静まっていた空気の中で要は顔を扉の方へと向けた。
「誰かいるの?」
『………』
「朔那?どうしたの」
静かに開いた扉から現れたのは要が最も気にかける少女。
小さく自分の名を呼ぶ朔那がゆっくりと近づいてくるその様子がおかしいことに気がついた要は顔を覗き込んだ。
「朔那……?どうし」
『かなめ、ぅ…っ!!!』
「朔那!?」
小さく声をあげて身体をくの字に折り曲げるようにして倒れ込み、胸を押さえて激しく呼吸する朔那に、要は慌ててナースコールを押した。
「朔那!しっかりして!」
『、ゴホッ…ゴホゴホ…ッ』
口元を押さえながら咳き込むと、赤い液体が滴り落ち、手から零れたそれは白いシーツに斑点を作って染みになった。苦しそうに歪む顔を見ることしかできない要は泣きそうになった。
「朔那…!」
「要君!どうしたんだ!」
「朔那が…!」
白衣を着た医師が慌ただしく走ってくると、ぐったりと横たわり過呼吸のようなものをしている朔那を見ると、顔色を変えた。
「如月さん…!?急いで治療室へ!」
「はいっ」
小さな身体を抱え上げて、医師と看護婦は部屋を出る。要は心配する顔を隠さずそのあとをついていった。
「朔那…」
ベッドに横たわった朔那は今は落ち着いており、静かに寝息を立てて眠っていた。
要は眉を寄せた医師に容態を尋ねたが、黙って首を振られた。
「……君はもう戻りなさい」
「先生!」
「静かに。彼女の容態の事は口外出来ないんだ」
どうやっても話してもらえなさそうな雰囲気に、要は後ろ髪を引かれる思いで治療室を後にした。
『ぅ…』
「目が覚めたかい?」
『………葉山(はやま)せんせ…?』
「要君の病室で倒れたんだよ、吐血もしてね」
『……そっ、か……謝らない、と』
ふ、と弱々しい笑みを浮かべる朔那の額に軽く指ではじくと、小さく声をあげて痛みを訴える。
「最近検診に来ないと思ったら……何で来なかったんだい?検診と言っても君は何の心配もなかったが……今は容態が悪化しているよ」
『……どんな風に?』
「内臓の一部が酷く損傷している。吐血はこのせいだよ。よくこの状態で歩けたものだ……」
ある意味感心するよ、と皺を眉間に寄せたまま呟く葉山と言う若い医師は朔那の担当医だ。
厳しい顔をしたままの葉山を余所に、朔那は小さく笑みを零した。
『だって"すぐに治る"から』
「また君は……冗談じゃないから怖いよ。しばらく入院ね」
『イヤ』
断固として入院を拒否する朔那の瞳を見た葉山はため息を吐いた。こうなった彼女は人の言葉を聞かないことは身に染みている。
「………ハァ…分かったよ。薬を出しとくから絶対に飲んでおくことと、しばらくは検診に来ること。いいね?」
『ありがとう葉山センセ』
嬉しそうに笑う朔那を見ると、長年見ている者としては、仕方ないと思えるのだ。
身体を起こす朔那はとても血を吐いた者とは思えないほど身軽だ。
「………本当に治ってないかい?」
『だから"すぐに治る"って言ったでしょ』
「………またアリスか」
『ふふ。ありがとう葉山先生、また来ます』
「ああ、要君にもお礼を言っておきなよ。かなり心配してたから」
葉山の言葉に笑って頷き、要の病室へと向かった。部屋の扉の前で少し躊躇った後、軽く扉をノックすると、強張った声色が入室を勧めた。
『要』
「朔那…!身体は…」
『もう大丈夫、心配かけてごめん』
嘘ではなさそうな顔色に安心したのか身体の力を抜くと、朔那に向かって手招きをした。近づいて行くと頭に手を乗せて撫でられる。
「何かあったのかい?君が理由もなくここに来るわけないからね」
『……単なる見舞いとは思わないの』
「うーん……それなら最初にあんな泣きそうな顔はしないでしょ?」
クスクスと笑う要に安心するような小さな笑みを浮かべた朔那はベッドの端に腰をかけた。
『少し顔を見たくなっただけ』
「……そう、ならいいけど。無茶はしないことだよ」
深く追及してこない要の傍は心地いい。本当は聞きたくて仕様がないはずなのに、気遣って何も聞いて来ない。
『今日の事、誰にも言わないで。心配をかけたくない』
「うん…分かった。でも、次倒れたら知らないよ?」
『……気をつける』
なら言わないよ、と笑う要に苦笑気味に笑みを零し、小さくありがとうと呟いた。
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