時少。

□20
1ページ/1ページ




ざわつく会場と人混みをすり抜けて、問題の本人達のところまで行くと蜜柑が何やら魚の着ぐるみを着て泣いていた。

「棗…」

『………』

「どいつもこいつも…キスの一つや二つでうるせー」

「棗…」

流架が名を呼ぶも一瞥するだけで、立ち止まることなくその場から離れていった。
俯いた朔那を目に映して。

「はー…そりゃまた注目の的なマネを…」

「うおおぉぉぉぉ…翼せんぱいぃぃ」

「あ、ルカぴょんだっこ変わるか?」

「うるさいなあ、もうっ」

翼に抱きつき首元に顔をうずめて泣いている蜜柑の頭を撫でながら流架をからかうことも忘れない。

『……私、喉乾いたから飲み物取ってくる』

「あ?おい、朔那!」

『蜜柑達よろしくね、翼』

「そうじゃなくて……飲みもんならここにあるって…」

すぐ近くのテーブルにグラスが並べてあるにも関わらず、遠くのテーブルへと離れる朔那に首を傾げるが、蛍の疑問により翼の心に傷ができ、そこにいる全員がダンスを踊るため離れた。

『……はぁ…(何してるんだ、私…)』

中央に置かれたクリスマスツリーの根元に背を預け、落ち込む朔那。
しばらく踊っている男女達を見ていると本当に喉が渇いたのかグラスを手に取った。
学園の殆どが未成年の為、当たり前だがソーダであった。職員の為のテーブルに行けばお酒も置いてあるのだろう。

「お、朔那、ここにいたのか」

『殿、踊ってないなんて珍しい。どうしたの』

「んーちょっと休憩だ。それよりお前一緒に踊ろうぜー」

『イヤ、それじゃ』

「ちょ、こらっ待てって!即答すぎだろ」

『……………一曲だけね』

「それはどーも」

本当に渋々と息をつくと手に持っているソーダを飲みきりテーブルに置く。
丁度曲が変わり殿が差し出した手に自分の手を重ね、ゆっくりと踊りだす。
初等部の朔那と高等部の殿内が踊っても、大して子供っぽさは感じられないのは朔那の外見が大人っぽいのか、朔那のダンスの上手さのせいか。

「相変わらず上手いなー」

『どうも。昔から踊っていればこんなにもなるさ』

「ま、そりゃそうか。そういや棗とは踊らねーのか?」

殿にとっては何気ない質問に、朔那は殿の足を踏んでしまう。
「いでっ!」という声に慌てて謝ると、首を傾げられた。

「何かあったのか?棗と」

『いや、別に……なんでも』

「………まあいいけどよ。何かあったら言えよ、お前に何かあったら俺に櫻野と今井から苦情が来るんだからよ」

『……ありがとう』

恋愛感情には鈍すぎる朔那だが、代わりに他のことなら人一倍鋭い。
どんなに隠しても隠しても、必ず朔那には分かってしまうのだ。気遣いの込められた言葉を感じ取った朔那は笑みを浮かべた。

曲が終わり約束している殿と別れ、再びグラス片手にツリーの下へ。
ダンスの休憩か待ち合わせか、ちらほらと近くに座っている人が何人かいたがそれを避けて近づいていくと、蜜柑が仮面を片手に俯いていた。
様子が変なことに気が付き声をかけようとしたが、何故か木の上に登ってしまった。

『(…どうしよう…私も登るかな…)』

考えながら見上げていると、どうやら一人先客がいるようだ。
目を凝らしてみてみると、さっきまで蜜柑の泣いていた元凶、棗がいた。
一番下にいる朔那と二人の距離は大分離れており、会話は聞こえない。

『(……盗聴みたいで嫌なんだけど…)』

"マリオネットのアリス"で会話を聞こえるようにした。
するとどうやら仮面が外れると大事なものを失うというジンクスのことを話しているようだ。

『(中等部でも、初等部でもない人……)』

その二択ということは、のばらとは大して身長差はないということだろう。
のばらのことも蜜柑は中等部生だと明かされるまで気がつかなかったのだから。
気になる違和感に首を傾げていると、聞こえた会話にピクリと反応した。

「ルカとキスしたのか」

「あ…それは……あんたこそ、人のことばっか聞くけど、あんたこそほんまにキスしたことあんの……」

そう問う蜜柑の顔は赤く染まっていた。
想像すれば微笑ましく思えるのだが、今はそう思うことはできなかった。

「…………お前なんか、ルカには似合わねえよブーース」

「な 何やとこの性悪キツネー!お前こそお前なんかとキスする奴の気がしれんわーっ」

「そりゃてめーだ」

「お前とのさっきのなんかキスと違うわカウントすんなーーバーカ!」

これぞまさに売り言葉に買い言葉。いつの間にか口喧嘩になっている。
……というよりよく喧嘩するなあ、二人とも。とある意味感心する朔那。
しかし、蜜柑の口が開くと同時に蜜柑の腕が引っ張られた。

聞こえなくなった言葉に上を見上げれば、重なって見える二つの人影。
思わずアリスを切ってしまったが、切っていてよかったとこの時思った。
喉が引きつって、声が出ない。
目を逸らしたかったが、逸らせない。体が動かないのだ。
喉が震えて、体が震えて、頭は霞がかったようだ。カタカタと震える体を押さえていると、上から棗が降りてきた。
蜜柑はそのまま木の上にいるようだ。
降りてきた棗を目に移すと、棗も朔那に気がついたようだ。
だが、まさか朔那がそこにいるとは思わなかったようで目を見開き驚いている。

『…っ!』

「おいっ…朔那!」

気がつけば、思わず走り出していた。
後ろから棗の呼ぶ声が聞こえるが、今は何も聞きたくなかった。
途中秀一や昴、翼と美咲が驚いたように声をかけたが、それに対処できるほど今の朔那は冷静ではない。

『(………棗、と…蜜柑が………)』

棗と同等、スペシャルの広い部屋に帰り、扉を閉じたと同時に座りこんだ。
背中には扉の木の冷たさを感じ、額を膝に押し付けた。
先ほどよりも震えが増した体、肩、手、足の先までが震えていた。

『え……なんで』

頬を濡らした水滴。それは何年も前に忘れたはずの涙だった。
何年も何年も、任務が辛くても、周りが家族からの手紙に喜んでいても、決して流したことのない涙。

『どうし、て……こんなことで……』

目を閉じると浮かぶのは、赤い、優しい瞳をした……棗の存在。




- to next story -
加筆・修正2016/02/12

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ