時少。

□19
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『式典挨拶ね……つまらない』

むすっとした態度で呟いた朔那は、静音を含む知り合いの高等部生に囲まれてオーダーメイドのドレスと嫌いなメイクを施され、いつになく不機嫌だった。
彼女の横にいる静音は朔那をいじれたことにご満悦ながら、その呟きの内容を咎める。

「朔那。仮にもプリンシパルがそんなこと言うものではないわ」

『はいはい。…静音、悪いけど今回はやっぱり無理』

「…………まったく…」

はぁ、と溜息をつく静音の傍には一緒に歩いていた朔那の姿がない。
"言霊のアリス"を使い、一瞬で静音から離れたのだ。
眉間に小さな皺を寄せ、仕方ないとでも言うように溜息をつく。彼女も、朔那には甘い。





『……逃げ切れてよかった』

静音からアリスで逃げ切った朔那は巨大ツリーの下の影で安堵の溜息をついていた。
視線の先には壇上にあがり式典挨拶をしている総代表櫻野秀一。
その横にはスペシャルのバッジを持つプリンシパルこと幹部達が椅子に座って並んでいた。

『(こんな格好を見られたら棗になんて言われるか……)』

ふっと遠い目をする朔那。
棗を見ると、べっと舌を出していた。何をしてるのかと棗の視線を追うと、それは蜜柑に対してのようだ。

『………』

目を細め、悲しそうに。眩しそうに。羨ましそうに。
思わず俯くと、自分の名を呼ぶ殿内の声が聞こえた。

「朔那!お前挨拶…」

『サボり』

「…………本当に大物だよな、お前って。
つか可愛いじゃん今日。メイクもしてるだろ。どういう心境の変化?」

『流石は女好き。よくわかったわね。だけどこれは静音と高等部の人達にやられたのよ。メイク道具持って戦闘態勢に入ってたから油断したわ』

「静音ちゃんかー……さすがだなあ」

もう諦めたと言うように溜息をつく朔那の肩にぽん、と慰めるように手を置く殿内。
すると大きな声が朔那の鼓膜を震わせた。

「朔那ちゃんーー!?うわーうわー!キレー!!!」

『み、蜜柑…』

「朔那…?」

『流架……』

目を輝かして興奮状態の蜜柑に引き気味な朔那に目を見開いて近づく流架。
彼女のこんな珍しい格好は流架も初めてだ。

「うぉ、朔那!?お前メイクとか嫌いじゃなかったか?」

『あーもー…』

どうせ似合ってないのは理解してるからそう騒がないで、と言う朔那にその場にいる全員が固まり、首を振って否定する。

「おま……わざと言ってんの?」

『は?』

翼の言葉に首を傾げる朔那に翼と美咲、殿内が脱力する。
相変わらず彼女は鈍い。鈍すぎる。

『陽一?どうしたの』

クイクイとドレスの裾を引っ張る陽一を抱き上げ顔を覗き込むと少し哀しそうな表情で顔をうずめていた。

『………』

流架の顔を見ると、心配するように陽一を見ていた。

『……陽一、流架。何か食べに行こうか。そろそろプレゼント交換も始まるし、ね』

「うん、そうだね」

「あー…」

またね、蜜柑。と陽一を抱えたまま去ろうとする朔那に殿が声を張り上げた。

「朔那、気をつけろよっ」

『分かってる』

苦笑に似た笑いを零しながら手を振る朔那は、そのまま人混みにまぎれて消えた。

「殿先輩ー、何に気をつけるん?」

「ん?あー…」

「確か毎年って言っていいほど変な奴に言い寄られるんだろー?ほんっとムカツクよなー」


言い淀む殿に変わって美咲がそう告げると目を見開く蜜柑達。
美咲の言うとおり、毎年このクリスマスパーティーにかこつけて中等部や高等部の男子生徒にしつこいダンスの催促やパーティの抜け出しを誘う者が多い。

「まあ、余程しつこいのは周りが助けるから平気なんだけどな」

「まーな、朔那が困ってるのに助けないやつはいないだろ」

「そ、そうなん?」

「ああ、あいつ自身が結構なお人好しだからな。沢山いるんじゃねーの、あいつに助けられたやつ」





『(ん…?)』

もぐもぐと陽一達と共に並んだ食事を胃に詰め込んでいた時、ふと気付けば見知った顔が何人か。
少し考え込み、横にいた流架に陽一を託した。

『ごめん流架、知り合いがいたから挨拶してくるね。蜜柑達と一緒にいて』

「うん、分かった。気をつけてね」

手を振り返し朔那一人が再び人混みに紛れた。
流架達から離れた朔那は迎賓館の二階へと昇り、手すり近くに置かれたテーブルに座る四人に近づいた。

『久しぶりだね、皆』

「やーだ朔那じゃなーいっ!」

「朔那!?久しぶりじゃね!?」

『そうだね、しばらく会ってなかったし。
のばらは昨日ぶりかな』

「う、うん…」

「え、のばらお前会ったのかよ!ずりーぞてめえ!」

『颯』

優しくも少しの威圧を感じさせる声で名を呼ぶと掴みかかるようにしていたが大人しく席に座る空気使いのアリス"松平颯"。
クスリと笑みを零せば、正面から伸びてきた二本の腕が首に絡まった。

「やーん、今日の朔那超可愛いー!どうしたの朔那ー!」

『流依、苦しいわ……。これは無理やり、ね』

苦しいと言えば少し緩められた力と、無理やりに着替えさせられた時を思いだし苦笑した。
呪いのアリス"周流依"。
未だにひっついている流依が首根っこを掴み引き離された。
その首を掴んでいるのが、顔に包帯を巻いた背の高い青年。蟲使いのアリス"八雲一"。

『ありがとう一。貴方も久しぶり』

「ああ……」

笑う朔那に一言返しただけで席に戻る青年。
寡黙ながらも優しさの籠った返事だったことを、彼女は理解している故に笑う。
個性溢れるこのメンバーに久しぶりに会えた喜びに朔那は再び笑みを零した。

「そーいえば朔那ー、最近危力の方に来ないんだもん。寂しかったー」

『ごめんごめん。最近忙しくって……中々ね、』

「任務か?」

『んー……それもあるけど…気にしないで』

「………あまり無理をするな。お前は俺たちの分まで任務をやっているだろう」

八雲が告げる言葉に驚き目を見張る朔那。颯も同様に驚いていた。

『……気付いていたの。その様子だと、流依もね?』

「まーねー…。のばらちゃんも気づいてるみたいだけど?」

「マジかよ朔那!お前何して…!」

『ま、バレたら仕方ない、かな。でも貴方達の一部だから、そんなに負担ではないし…一応言っておくけど、これは私が決めたこと。誰が何と言おうと覆さないわよ』

にっこり、と。その笑顔は絶対に譲らないと言う決心をした笑み。この笑みを浮かべた朔那には誰であろうと言葉を取り消すことは出来ない。
それは勿論彼らも知っている。

「分かってるわよー、だけど無理はしないで。私達は家族も同然なんだから」

『…………ありがとう』

少し呆けた後、嬉しそうに花が咲いたように笑う朔那に流依が再び抱きつき八雲に引き離されたのは言うまでもない。

『そろそろ降りるね。友達と約束してるんだ』

「もう行くのー?残念だわ」

『ごめんね。………多分、もう少ししたらすぐに会えるよ』

悲しそうに呟く朔那に今はただ疑問符を浮かべる危力系の面々。
それを意味するのは、まだ少し先の話し。

じゃあね、と告げて一階へと戻った朔那を見送った後、颯が一階を見て指を差す。

「あれ、お前のお気に入りじゃねえの?」

「えー?どこどこぉ!?」

テーブルに身を乗り出し示された方を探せば、チキンを持った中等部男子。

「ほんとうだ」

クス、と不気味に笑う流依。その時、翼の背にゾクリとした違和感が。
どうした、と尋ねる美咲の肩に手を回しすり寄る。

「今、なんか悪寒が…」

『風邪?馬鹿は風邪ひかないって言うけど、あれはやっぱり迷信かしら』

クスクスと笑いながら近寄ってくる朔那はそのままチキンを頬張っている蜜柑と蛍のところへと寄り、ドリンクを飲んでいると、ドレスを身に纏ったアンナと野乃子が二人で近づいてきた。

「ねーねー、蜜柑ちゃん、ほたるちゃん、知ってるー?
このパーティー、食事かイベントの後ラストにツリーを囲んで仮面舞踏会があるんだよー!」

「「ひゃめんふとーかい?」」

『ああ、あの"恋の三大イベントの一つ"とか言われてるジンクスのこと?』

今年来たばかりの蛍や蜜柑は知らないようで、肉やら何やらを詰め込んだままじゃべるのできちんと発音できていなかった。


"仮面舞踏会"
その名の通り、仮面をつけたまま好きな人を間違えないでダンス中に告白し、相手からOKをもらい仮面を交換すると一生もののカップルになれるというジンクス。
アリス祭の後夜祭同様、イベント時には何かしらジンクスが付きまとうのがこの学園である。

『(というより……ダンスって大体好きじゃないと踊らないんじゃ……)』

嫌いな相手とダンスは踊らないだろう。しかもそういうジンクスがわればなおさら。
そして近くで話を聞いていた心読み達が流架にエールを贈っていた。

『だけどそれってもう一つあったんじゃ…』

「うん、ダンスの最中そのつもりなく顔から仮面がはずれてしまうと、大切なものを失っちゃうんだってー」

「えー、何それーー」

こわーい、と言い合う三人だが、そもそも踊らなければいいのでは、と思う蛍。しかしまあ女の子という者はジンクスとか占いなどというものが大好きなわけであって。
怖いと思いつつも踊ってしまうのが性(さが)である。
そして司会の言葉が迎賓館に響き渡る。

「はーいみなさーん!プレゼント交換の時間でーーす!!
前もって皆さんから集めたプレゼント達を一・二の三でテレキネシスでみさなんにふりわけまーす!
手元にプレゼントがいくまで決して取り合いなどしないようにお願いしまーす」

会場の全員が司会へと視線を移しており、今か今かとプレゼントを待っていた。

「いち、に、さん。
ハイ!!」

綺麗にラッピングされた箱達が、空から生徒達の頭上に降ってくる。
目を輝かせてプレゼントに手を伸ばすもの、自分のアリスを駆使して空中でプレゼントを必死の形相で掴むもの、適当にその場で手を伸ばすものなど様々だ。

「朔那ちゃん、ルカぴょん、よーちゃん。二人は何のプレゼントあたったー?」

『私はティーセットと小さなマスコット』

ピンクが主体になった紅茶の茶葉に可愛らしい袋のお菓子セット。それに足してストラップのような可愛い人形がバスケットの中に一つに納められていた。
流架はレース模様の全自動・保温ティーカップ。
陽一は………アリスソプラノ歌手"宇多肥ララ"のサイン入りパネル。
誰だ。そして何故これをプレゼントに選んだ。

『………この学園のプレゼントって当たり外れがあるわよねー…』

その証拠に蜜柑はマッサージ券。単に買うのが面倒だったという理由だろうか。

『陽一、コレと交換しましょう』

そう言って朔那が差し出したのはいくつかの小さな人形。
はい、とさし出しても溜息をついてばかりの陽一に、流架に目配せをする朔那。

『流架、陽一どうしたの?』

「よーちゃん、全体的に元気ないなあ」

「んー…昨日、よーちゃん大事にしてたテディベアを失くしちゃったみたいで…」

『ああ…道理で……』

「テディベア?」

納得顔の朔那は陽一に近づき頭を撫ぜていた。
陽一のテディベアは学園に来る時に陽一の母から持たされた大事なぬいぐるみらしく、それを失くしたために落ち込んでいるらしい。

「そやっ!よーちゃん、ウチがテディベアつくってあげるよ!」

ナイスアイデアと顔を綻ばせる蜜柑だが、あらぬ方向を見る蛍と陽一。
得意と言い張るが、その腕前は蛍への誕生日プレゼントの蜜柑人形で証明されている。

「…………よーちゃん?」

目を輝かせる陽一に流架が気付く。
朔那は何故か嫌な予感がした。


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