時少。
□18
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ずっと棗君は「決して笑わない人」だと思ってたから、それがとても印象にのこってたの。
『…のばら、どうかした?』
「朔那ちゃん…棗君のとなりの、あの女の子は……」
『ああ。棗のパートナーの"佐倉蜜柑"という子よ』
"さくら みかん"
出口の見えない暗いトンネルの先に棗君は何を見つけたのかしら。
『友達になりたい?』
「………うん」
『話しかけてみたら?大丈夫。蜜柑はきっと笑いかけてくれるから』
初めての、女の子の友達…如月朔那ちゃん。私の"あの"ことを知っていても、普通に接して笑ってくれる彼女。
朔那ちゃんの傍は、とても暖かい。
春の陽射のように、暖かい。
▽
『クリスマスか…』
カレンダーを見ながら小さく呟いた朔那。
本日は12月23日。明日に控える学園主催のクリスマスパーティーの為の初・中・高合同準備の日。
本来ならばパーティーが行われる迎賓館にて準備をするための班に分けられるのだが、生憎と朔那はその時教室にはいなかった。
だから適当に分類されているとは思うんだけど、と迎賓館に向かうと翼と蜜柑達がいた。その場には棗や流架もいて、流架はケーキ班だったらしいが現在飾り付け班に移動になったようだ。
「おーい朔那ー!こっちこっち!」
『翼、ケーキ班なのね』
「おー。お前は?」
『さぁ…』
「さぁ…って」
理由を話せば納得したが、適当にいればいいんじゃね?となんとも曖昧な返事が返ってきた。
まあ最初からそうするつもりだったし、と面倒そうに溜息をついた。
「……朔那」
『あ、棗はケーキ班?』
「お前もだとよ。くじびきで決まった」
『そっか、ありがとう』
お礼を言ったところで中等部の先輩に手を掴まれて去った棗。美咲も自分のアリスを使って人数を増やし雑用を引き受けていた。
翼はと言えばつまみ食いしていたが、何故か美留来とアンナちゃんを手伝っていた。
『………さすがは女タラシ…』
男には容赦はないが女性には優しいというのは昔からだ。それで痛い目を見ているのを何度も見てきた。
それにしてもケーキ班か。本来ならばホイップやスポンジづくりを手伝わねばならないのだろうが、生憎と毎年どちらの班を往復するので大した意味はない。どこからか声がかかるだろうから待機しておこうかな、と考えていると、蜜柑が涙を流していた。
『蜜柑、何してるの?』
「うう…ウチは役立たずやねん…」
『…ああ…なるほど』
周りを見ると蛍や委員長、棗に流架。アリスで役に立っている人ばかりだった。
つまりはアリスで役に立ちたいってことだろうけど、無効化は無理がある。
役に立つどころか打ち消してどうするのか。
『ほら、蜜柑、人が足りないところ探しに行きましょう。能力を使うのが手伝いってわけじゃないわよ』
「うん…」
朔那が蜜柑の手を引っ張り探していると頭に軽く衝撃が降ってきた。朔那が振りかえると棗が少し呆れたような目をしていた。
その手は軽く拳が握られており、恐らくそれで小突かれたのだろう。
『棗、さっき手伝いに行ってたんじゃないの?』
「……中等部の奴らが呼んでたぞ」
『(私の質問には無視か)
分かった、ありがとう』
でも何故棗がわざわざ…。
内心首を傾げたが中等部の先輩に連れられて再び棗が行ってしまったので聞けなかった。
一瞬こっちを見られたけど……何なんだ。
「ほほーう。忙しい中わざわざ様子を見に来てくれたとは」
『は?』
いつの間にか朔那の隣に立った翼がニヤニヤと笑っていた。
『何、その笑い』と聞けば「別にー」とはぐらかされた。まだニヤニヤである。
無性に腹が立ったので足の急所を蹴っておいた。うずくまった翼は痛みに震えながら朔那の名を呼ぶ生徒を指差した。
「いってー…ほら、呼んでるやつってあいつだろ。大変だねー人気者は」
『単にアリスが便利だからでしょ』
「(相変わらず鈍感だなこいつ)」
何だその憐れみの目は。
問い詰めたかったが中々来ない私に焦れたのか、ついに腕を引っ張られて連行された。
蜜柑は翼がスポンジをひっくり返す作業のところに連れて行っていたため心配することはないだろう。
▽
毎年毎年、この時期は頭が痛くなる。
それはこの寒さのせいか、あの頃のせいか…。私は、未だにそれが分からない。
「ありがとー朔那!助かったわ!」
『いえいえ。お礼は別でね』
「相変わらずちゃっかりしてるわね…」
『まーね』
朔那が一通り手伝いは終わって一息つきつつ蜜柑の様子を見に行こうかと思い移動していると、中等部の女子達が逃げるようにしてすれ違うさいに話していたことが聞こえた。
「あれって茨木さんだよね?」
「そうだよっ早く離れて良かったー」
「私達まで目つけられたくないしね」
『"茨木さん"………のばら…?』
朔那の知人で"茨木"という名を持つのはただ一人。
だけど何故彼女がここに。彼女には彼がついているはずだ。まさか……黙って来たのか。
辺りを見回して探していると、一部場所が騒がしくなった。
「な、何事!?」
「スポンジが凍ってる!?」
「ひゃー!何これーー!?」
間違いない。騒ぎを耳にしてそう断定した。
騒ぎの場所に朔那が着いた時、スポンジが蒸発の音をたててホカホカとおいしそうな湯気をたてていた。
見間違いだろうと騒いでいた人達はそれぞれ自分の持ち場に離れるのを待って、朔那は前に進む。
そのスポンジの元に立ちすくむ蜜柑と座りこむ一人の女の子。彼女が原因の当事者だろう。
彼女のもとに棗が歩み寄る。
「……お前、何しにここに来た。さっさとお仲間んとこ帰れよ」
「あ…」
どうやら先程の蒸発は棗のアリスのおかげらしい。関係のない後始末をしたことに彼はずいぶんとご立腹らしい。
のばらは厳しく棗に告げられた言葉に顔を俯かせた。
『まったく、少しは優しい言葉ぐらいかけたらいいのに。のばら、大丈夫?』
「…、朔那ちゃ…、」
『泣かないで、大丈夫だから』
朔那が声をかけるとじわりとのばらの視界が歪む。
安心できる友人に会え、ほっとしたのだろう。
これでも年上なんだけどなあ、と庇護欲がそそれられる彼女に苦笑を零した。
「朔那ちゃん、のばらちゃんと知り合いなん?」
『友達なの。前はよく二人でアリスの制御の特訓してたよね』
「う、うん……」
「特訓?」
「あ……ごめんねみかんちゃん……私…本当はアリスをうまく制御できなくて…」
役に立ちたかったのに、迷惑をかけてしまったと落ち込むのばらの陰鬱な空気を蜜柑の明るい声が吹き飛ばした。
「そっかー!そんならもしかしてこーゆーのあかんかなあ!これって試してみる価値はあるかも!」
「え、」
「ウチな無効化のアリスやねん!ウチとのばらちゃんが同時にアリスを使ったら力が中和されてもしかしてちょうどいい冷気ができるかも!」
『のばら、やってみよ。失敗しても私がなんとかするから』
一応練習で、と小さいスポンジを少し離れた場所へ移動させ、手を前にかざすのばらの背中にしがみつくようにする蜜柑。その背後に朔那がいつでも動けるように待機する。
蜜柑の合図と同時にアリスを発動させる二人。
見ていると、スポンジはしっとりと冷めていった。
どうやら成功のようだ。
「やったあ!すごいすごい!ウチらのアリス役に立ったよー!」
『この調子でがんばろう、のばら』
本当に心から嬉しそうな蜜柑と柔らかく笑いながら手を差し伸べる朔那に、のばらも表情を明るくさせる。
やっとスポンジが冷めて、待ち望んでいたクリームをぬる作業。
蛍も参戦し、朔那は作業服を着ていないのでアリスで動かしながら手伝っていた。
『蛍、あんまり強く押すと…』
「あ」
「ギャーッ蛍ーーーっっ!」
蛍は自作発明の"フライングスワン"に乗っており、蛍が持っている生クリームを絞る袋を強く押してしまい、それは当然ながら重力に従い下に落ちる。蛍の近くの下には蜜柑がいるため以下略
「私お水汲んでくるね」
『私も行こうか?』
「ううん、大丈夫」
楽しそうに笑顔を浮かべながら離れて行くのばらの姿が見えなくなるまで朔那が見ていると、他を手伝っていた翼がいつになく険しい顔をして寄ってきた。
「蜜柑」
「あ、翼せんぱーい」
「今お前一緒にいたの…」
「ウチの新しい友達の「"茨木のばら"」
体中にクリームをつけてえへへと笑う蜜柑の言葉を遮りのばらの名を知ってる、と言う翼に蜜柑はきょとん、と目を瞬かせた。
「え、何で知ってんのー?」
「知ってるも何もお前、有名人だよ。
あれは危険能力系のおひめさま。通称雪女」
『翼、あの子は"茨城のばら"。私の大切な友達の一人よ。のばらをその名で呼ぶのは許さない』
いわゆる蔑称の呼び名を口にした翼を睨みつける朔那に一瞬身体を固くしたが、作業を中断し踵を返して離れて行く朔那を呼んでも振り返ることはしなかった。
「……やべえ…怒らせた」
大切な人を揶揄されるのを嫌う朔那の前で蔑称を使うのはまずかった、と翼はうなだれた。
『のばら、ペルソナ』
「……朔那ちゃん」
『行こう』
のばらの手を取り険しい顔で迎賓館を出て行く朔那はこそこそと話すギャラリーを一睨みして完全に扉を閉じた。
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加筆・修正2016/02/12