時少。

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『………』

蜜柑と別れて走っていた朔那。人気のない暗い通路で立ち止まると、どこからか音もなく出てきた赤い髪をもつ青年。年は17くらいであろうか。
険しい朔那とは対照的に、柔らかい笑みを浮かべている。

「久しぶりだね。何年ぶりだろう」

『世間話は結構。質問に答えろ、瑪瑙』

柔和な笑みで話しかける青年、瑪瑙に朔那は向き合うと、剣呑に口調を強める。

『何故お前がここにいる?しかも、"持たないはずの"アリスまで持って!』

激昂する朔那に対してうーん、と唸る瑪瑙に、緊張感は感じられない。

「気づいたら持ってました、っていうのはダメ?」

『ふざけるな。答え方次第によっては潰すことも厭わない』

「こわっ!じゃあ真面目に…。
ここにいるのはちょっとしたお金稼ぎと暇潰し。あと家出?なんにせよ俺にとって利用価値があったからいるだけ。こちらさんも俺の頭にキョーミあったみたいだし。
アリスはもらったんだ」

『やはり安積柚香か…』

「なんだ、やっぱりバレてたか。いいよね、あの人のアリス。何個かは1回キリとか拒絶反応もあったんだけど、2つくらいはそのまま定着したみたい。これも天の采配ってやつ?」

『あいかわずよく喋る口だな…。喋るついでにあの絵はどういうことだ。態々コピーまでして』

「……やっぱり、覚えてたんだね。俺の朔那……」

『っ!近づくな!』

目を細めてふらりと歩み寄ってきそうな瑪瑙を牽制し、近づかれた分だけ下がり、いつでも動けるよう気を配る。
瑪瑙のアリスについての情報はない。こちらの分が悪いのは明白だった。
警戒心を露にする朔那に、悲しそうな目をする瑪瑙はピタリと止まり、悲痛な声でお願い、と呟いた。

「何もしない。約束する。だから……朔那……」

『……?』

"知っている"瑪瑙とは違う様子に朔那は眉を寄せた。
少し観察したあと、ゆっくりと瑪瑙の方へと足を踏み出す。
差し出された手に指先が少し触れると、安堵したように目がゆるりと細められた。

「正直、あの絵を飾ったのは賭けだった。あれは俺と君だけの暗号で、それを教えたのは……君が1歳になって間もない頃だったから」

『やめろ…もういい!その話は聞きたくない!』

拒絶を示す朔那に瑪瑙は悲しげな笑みをつくり、握った手に強く力を込めた。

「朔那……俺が君を想う気持ちはあの家とは関係ない。俺は君に全てを捧げて尽くす。だから、だからどうか……おれを拒絶しないで…」

自分よりも半分くらいの背丈の少女に膝をつき、痛くならないよう、しかし決して離さないように握りしめた手を祈るように額に当て、子供のように懇願する。

彼を拒絶することは簡単だ。正直、朔那にとって瑪瑙という存在はとるに足らない存在である。いくら彼が天才的な頭脳を持とうが、アリスを2つもっていようが、どちらも朔那には敵わない。
だが、このすがりつく手を朔那は振りほどく気はなかった。

『その言葉に、偽りはないか』

「もちろんだ」

朔那の声に温度はない。
まるで機械の音声に抑揚がついただけの冷たい声だが、瑪瑙は即座に答えた。
その答えに朔那は目を閉じた。そのわずか数秒後に開けたその琥珀の瞳は薄暗い通路でも分かる、強い光を放つ金色に輝いていた。


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