時少。

□12
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「ん、朔那。お前の分の"ガリバー飴"」

『………やっぱり私も舐めるのね』

翼が私に差し出してきたのは、蛍のつくったロボ・ペンギ―が取り出したポシェットから出てきた"ガリバー飴"。
食べるとパッケージに描かれている数字の分だけ成長するというもの。
しかし、その飴玉は副作用が見つかったために販売禁止となったはず。
なぜそれを持っているのか蛍に問い詰めたくなった。

「朔那、なんでお前そんなに嫌そうなんだ?」

『前に一回使ったことがあるの、ソレ。
その時は副作用は運よくでなかったけど……』

「けど?」

『………………それは…まぁ、舐めた本人が一番よくわかるわよ』

フ…と遠くを見つめた朔那に対し、朔那以外の皆が手のひらのその飴を見つめ、怖いと思ったそうだ。







「おっせーなー、3人」

「まぁ、制服着替えるだけのお前と違って、一気に成長するから心の準備とかもいるだろ。
しかもあの朔那の言葉は効くわ」

「………」

あえて否定しない翼。
心の中では、制服だけでよかったと思っているのだろう。

「せんぱーい、用意遅れてごめんなさいー」

翼達が口論していると、高等部の制服を着たツインテールの女生徒が一人、走ってきた。

「「おー…あの蜜柑が…」」

「え、うちなんか変!?」

「いや、上出来…」

可愛いの部類に入っている高校生、蜜柑。
その手を取り殿内は襲う気満々…というところで殿内の頭に硬いものがヒットした。

「おー、こっちもすげーな」

「ふ、二人とも大人やーっ!」

「お前もだろ」

成長した二人に戸惑う蜜柑は自分も成長したことを忘れている。

「しっかし成長したなー…って蜜柑、朔那はどうしたんだ?」

「朔那ちゃんなぁ、うちが着替え終わったときに、舐めはじめたみたいやったで?」

「え、あいつまだ抵抗してたのか!?」

時間がねえのに、と呆れる殿内の背後から不機嫌そうな声がした。

『悪かったわね、抵抗してて』

声の正体は言わずもがな朔那であるが、その声はいつもの知っている声ではなく、大人びた声だった。

「え…朔那ちゃん?」

『何?』

唖然とする皆の前には綺麗な茶の髪と、金に近い瞳をもった絶世の美女が首をかしげていた。
正真正銘の如月朔那だ。
背中ぐらいまでの髪は腰近くまで伸び、5年経った顔は白くきめ細かく、元々綺麗な顔だったが、更に綺麗になっており、美形の棗や流架の横に並んでも全くひけを取らない。

「朔那……ちょっと仲良しにならねー?」

きゅっと朔那の両手を笑顔で握って顔を近づけた殿内には、翼の蹴りや棗のアリスによる火攻め、さらには朔那本人から手をつねられるという罰が与えられた。

「ちょ、待てって!あっ棗!お前服に火をつけんな!!」

『時間がないんだから早く行くわよ。
ただでさえ、高等部は危険で長居は無用だっていうのに…』

「そうだな…外門はまぁ、抜け穴があるし何とかなるとして…。
ところでチビ、何そのリュック」

「あ、これはー制服と食料とー、遭難したらあかんと思ってー」

校内だというのに遭難するかも、という発想に至った蜜柑にあえて何も言うまいと口をつぐむ朔那は、蜜柑を見つめる流架を視線を移して笑った。

『…可愛いわね…"恋する乙女"』

「"佐倉かわいい…"とか思ってるんだろうなー…」

「外見アレで中身リトルシャイボーイ…。
女受けいいんだよなー、ああいうの」

『そうね、殿は薄汚れてるものね』

「あ?」

「よし、行くか」

「あ、」

流石にまだ慣れないのか、蜜柑がよろけてこけそうになるが、それを受け止めたのは棗だ。
ただし、それで終わらないのが棗である。

「………胸、全然成長してねー…」

受け止めた時の棗の手は、蜜柑の胸囲の部分に。
豪快かつ大胆なセクハラ宣言に、蜜柑は言葉にならない叫びを上げ、怒り狂う。
その二人に朔那は呆れたような視線を送っていた。

「朔那はどうだ?」

何言ってんだこの変態。
殿が朔那の方を笑顔で振り向くと、絶対零度の満面の笑みを浮かべていたが、目はそう語っていたため、すぐさま土下座した。

『なるほど…抜け穴…ね』

高等部潜入の為、まずは外壁を抜けること。そのために、外から中へ繋がっているマンホール。
翼に手を引っ張ってもらい、抜け出しながら呟く。
さすがに下水道の空気は悪い。ケホケホと咳を繰り返している朔那の後ろでは、先ほどのセクハラのことで蜜柑と棗が格闘中である。
平和そうでいいのだが、ここからが大変なのだ。

《きゃー!》

『…っ!(ミロのヴィーナス!)』

目の前にはいくつもの石像、石像、石像。
その間から出るキーンと響く叫び声。

「な、何だあの石像…」

「動いて…しゃべってる?」

「ボーっとしてないで走れ!」

殿の声を合図に、走り出す。
後ろからはゴロンゴロンと追いかけてくる、巨大な顔の石像。

『この辺は"石像造りのアリス"が作った防犯用石像の試作品置き場なのよね』

「テメェ!もっとマシな抜け道ねーのかよ!!」

「ねーよ!!!」

『あの自意識過剰のミロ…今度会ったら自慢の顔叩き割ってやるわ』

「小さく言うな!!お前が言うと本当にやりそうで怖い!!」

『あら、本気よ』

「マジでやめろーー!!」

しれっと言いながら走るが、蜜柑は翼に首根っこを掴まれている状態だ。
色々な苦難を乗り越えながら、やっと着いた高等部校舎。
中等部や初等部とはまったく違う造りだ。

「こっから先は当然人も多いし、さっきまでと違って建物内は分かりやすくお前らに罠を知らせちゃくんねーからな。気をつけろよ」

あと、なるべく堂々として俯いて歩けよ。
殿が翼達に向かって注意をかける。
その間朔那は"マリオネット"を使い、彼らの周りにアリスを張り巡らせる。
これで何か危険があれば察知できる。

「……」

アリスを使うために殿内達に背を向けていた状態だったため至近距離に棗がいることに振り向くまで気がつかず、驚いて身を引いた朔那の手を棗が掴んだ。

『な、何?』

「………一人で無理すんじゃねえ、バーカ」

そう言うと、先に歩いて行った殿達を追いかけた。
それを言うためにわざわざアリスをかけ終えるのを待っていたのか。

ふ、と頬が緩む。
棗のたった一言で、ずっと心の奥でくすぶっていた何かが消えた気がした。

緩んだ頬を軽く叩き、心を入れ替える。
大分空いた距離を詰めるため、軽く走ってもうすぐで追いつくと思った途端、流架が蜜柑を抱え、人目につきにくい廊下の分かれ道に入ろうとしていた。

『ダメ!』

「その道に入るな!!」

止めようとしたが、時すでに遅し。
そこは"無重力スポット"と呼ばれ、その名の通り、蜜柑達は浮かび、ぐるんぐるんと回された。

「ぎゃーー!」

『落ち着いて蜜柑!動けば動くほど、回される!翼、殿!』

「えーい、ったく。一分以内に片づけろ、翼、朔那」

ポンッと翼の頭に手を置くと、翼は通路の影に沿ってしゃがみ、手をかけた。
私は蜜柑と流架にかけたアリスに集中する。

「行くぞ朔那!!せー…のっ!!」

翼はそのまま思いっきり、影を引っ張った。
勢いで引っ張りだされた蜜柑と流架。
地面に激突する前に、張り巡らせたアリスで衝突を避けさせクッションのように空気をつくる。

『っ!急いで!』

クッションのように衝突を避けさせたため、怪我はないが、蜜柑と流架の2人は初等部生の姿に戻っていた。

「お、おい…こいつら初等部のガキじゃないのか?」

一人の高等部生が言った一言は、水面に波紋が広がるように、またたく間に騒ぎになった。
こういう時は急いで逃げるに限る。

「ご…ごめんなさ…」

「いーから今はとにかく逃げろ!!」

『!』

「お前か殿内。こいつらを手引きしたのは」

「ゲッ!」

前方から出てきた一つの影。
高等部生、しかも幹部生。
逃げろっと叫ぶ殿に対し「させるか」と冷静にアリスを使う相手。
私は何とか避けたものの蜜柑達の足元がブーツごと凍らされた。
しかも地味に棗が元の姿に戻っている。

「げっお前ら!!」

「わーん、先輩!!」

『("氷のアリス")』

棗と目を合わせると同時に棗がアリスを使うと氷と対極にある火によって足元の氷は溶けてゆく。
溶けた瞬間、周りのアリスで全員の足を動かす。

「うおっ!?」

「あ、足が勝手に…」

『今のうちに早く!』

プライドばかり高い幹部生。
初等部生に自分のアリスを溶かされたのがそんなに悔しいのか、幹部生は茫然状態。
走った先にたどり着いたのは"新聞部"と掲げられた部屋。
部屋のあちこちは書類やら冊子の紙が散らばっている。

「は、…速水ー…いるか」

「やっぱお前かー殿やん。
さっきの"高等部幼女連れ込み事件"の犯人はー」

「だ・れ・が・犯人だっ!!」

『ある意味合ってるんじゃ…』

とりあえずは殿内による紹介によると、"遠耳・遠目のアリス"を持つ新聞部部長・速水。
殿内が情報通という相手ならば話が早いとばかりに朔那は本題を切り出した。

『私たちがここに来た理由、もう知っているんでしょう?』

「お、えらい美人さんやなー」

「え、朔那お前まだ飴舐めてたの!?」

『アリスでコントロールしてたのよ。
戻る時も骨が痛いから、なるべく戻らないようにね。でも皆戻ったんなら噛み砕くわ』

「あ、ちょっとま…あぁ、勿体ない」

何か殿が言いかけたが、噛み砕いた時の音で諦めたようだ。
にしても何が勿体ないのか。
ぎしぎしと軽く痛み出す骨に顔をしかめつつ速水の話を聞く。



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