時少。

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『(中等部にアリス紛失者……)』

アリス学園を卒業すると、そのアリスを活かして生活する者がほとんどだ。その大人のアリス持ち達が次々と能力を失っているらしい。
問題は、学園内にまでアリス紛失者が出たということだ。

『(このことに関して秀一や昴から何も連絡がないということは……何かを企んで…いや、)誰かに協力してる…?』

たどり着いた答えに違和感がないことに朔那は顔をしかめたが、とりあえず教室に戻ろうと足を進める。
暗い気分を吹き飛ばすには、蜜柑のような明るい雰囲気がぴったりだ。

『……流架?何してるの?』

「あ…朔那」

うさぎんを抱いて立ちつくす流架は浮かない顔をしていた。
どこに行ってたの?という流架に寝ちゃってた、という朔那の答えに笑う流架はやはりいつもとは違い、顔を曇らせていた。

「…朔那、棗…何かあったのかな?最近様子がおかしいけど、オレには何も言ってくれないから…」

『……大丈夫。流架がいてくれるから棗も笑えるの。棗のそういうところに気付けるのは流架だけだと思うよ。それに、棗は意地っ張りだから。単刀直入に聞いても答えないでしょ』

肩をすくめると呆気にとられたような顔をした後、小さく吹き出した流架を朔那は微笑ましげに見つめていた。

流架と共に教室へ戻ると、そこに蜜柑はいなかった。どうやら特力の教室に行ったあとのようだった。
流架に別れを告げ、特力の教室へと向かった。
その扉を開けるとぱちくりと目を丸くして動きが停止した朔那に構わず蜜柑は無邪気に笑っていた。

「あ、朔那ちゃん!」

そう笑う蜜柑は椅子でなく男の膝の上にに抱えられていた。

『……蜜柑、そいつから早く離れることをお勧めするわ』

「おー、朔那!久しぶりだなあ!」

顔を引きつらせながら告げる朔那に目を輝かせ、扉のそばで立ち尽くす朔那の腕を引っ張って蜜柑ごと抱き込もうとすることに抵抗しようとするが、何分体格と力の差が歴然としているため抵抗らしい抵抗になっていない。

『ちょっと、引っ張らないで』

「まーまー。久しぶりなんだからいいだろ別に」

『よくない!タバコ臭いの!』

「うわっなんだこの部屋、ケム臭っ!」

『翼、早く助けて!』

「……早くそいつから離れろ蜜柑、朔那」

部屋に入ってきた途端に目に入った光景に翼も顔を引きつらせたその男こそ、特力系代表"殿内彰"である。

「殿内君は"増幅"のアリスの持ち主でね。それが理由で外の仕事に出ているので滅多に特力に来れないんですよ」

「チビちゃんの名前、どこかで聞いたことあると思ったら…棗のパートナーの"佐倉蜜柑"だったのか」

「何で知ってんの?」

「みんな知ってない?…そっか、棗の…てことは」

『殿』

「――ああ、いや、ゴメンナサイ」

目を見開き不思議そうに尋ねる蜜柑に対し、じー、とその顔を見つめた殿内が遠い目をしつつ口に出した言葉は朔那の静かな怒りによって紡がれることはなかった。

「え、あれ怒ってるん?」

「怒ってはねーけど、制裁だな」

付き合いが深ければ深いほど、あの綺麗な笑顔が怖くなるのだ。
しかしそれに恐れず殿内は再び腕の中に朔那を取り込もうとしている。
本気で嫌がればアリスで蹴散らされるので、本気で拒否していないことに殿内も翼も享受している本人も気づいている。

「てか、棗っていやーアイツ…体大丈夫なのか?」

「体…?」

『……』

殿には背中を向けているのでよく表情は分からないが、わずかに反応したのを殿内は見逃さなかった。

「…最近、病院通いしてるって聞いたから、どっか悪いのかと思って」

何も知らないという蜜柑に、殿内は腕の中に大人しくしている朔那の頭を見下ろしながら尋ねた。

「朔那、なんか知ってるか?」

『さあ…最近あまり会ってないしね。
悪いけど私、ちょっと用事があるから。またね、殿』

殿の問いには、誰にも目を会わせずに答えた朔那。
彼女と付き合いが長い、翼や殿、美咲の3人だけが気付いた違和感。
しかし、この場で問い詰めることは出来ないために、出て行く彼女を引きとめることは出来なかった。






「委員長が帰ってきたよーー!!」

「お土産らーーーっ!!」

優等生賞の帰省から帰還した仲間より食いものなアリス学園生徒。
ある意味清々しい態度だ。委員長は泣いているが。

「あの…朔那ちゃん。これ、よかったらどうぞ」

『お菓子…?』

お土産の列とは別に、本を読んでいた朔那に委員長が手渡したものは優等生賞の一週間の里帰りで、委員長の実家の福岡でのお土産だった。

「甘いものでよかったかな…?」

そう問うてくる委員長の表情は、本当に迷惑をかけていないかと不安そうなものだ。
そういう気持ちを朔那は無下にはしない。
何よりあまり知られていないが、無類の甘党の朔那がそれを断るはずがない。
嬉しそうに受け取り、頬を緩めた。

『ありがとう、丁度甘いものが食べたかったの』

「っ…ううんっ!」


顔を赤くする委員長は本当に女の子のよう。
つい朔那は委員長の頭を撫でた。

「…な、何?」

『ふふ、気にしないで』

笑いながら言うと、更に赤くなる委員長。
朔那の行動は無意識なのだから、タチが悪い。
そんなところへ怒り憤慨の正田が悪戯っ子二人を引き連れて二人への仕置を要求した。

「委員長!こいつら幻覚でこらしめてやってよ!!」

「え!?何で僕!?」

「委員長でしょ!?いいんちょう!!」

なんだかよくわからない理屈だが、仕方ないと言った風に手を組み、アリスを発動させる。

「あれ……アリスが………」

いつもと変わらない普段の日常。
それは突然、唐突に。

「アリスが……出ない」

壊れるものだ。









『秀一っ!』

幹部室の扉を勢いよく開けるがしかし、そこには秀一どころか、誰もいなかった。

『…?』

何か違和感を感じたが、今はそんなことには構ってはいられない。

『―――…どこにも…いない?』

マリオネットを使い、学園中を探しまわる。
しかしどこにもいない。
高等部にも、寮にも、本部にも…。
どこにも櫻野秀一と今井昴の気配は見つからなかった。
しかし、朔那でさえ気づかない。
その完璧な違和感に。

「朔那ちゃん!千羽鶴折ろう!」

『委員長に?』

「うん!」

不安が広がる中、蜜柑は数人を集めて千羽鶴を折っている。鳴海に頼み込んで検査中で面会謝絶の委員長に会ったときに委員長の心情に動かされたのだろう。
蜜柑らしい、と思うのも束の間、クラスの男子が蜜柑をからかった。

「おーいみんなー!佐倉に近づくと委員長のウイルスが感染るかもだぞー!」

冗談にもほどがあるその言動に、クラスがざわついた。
蜜柑が除菌スプレーをかけられていると、ひやりとするような声が耳を打つ。

『ねえ、二度とそういう冗談は言わないでくれる?』

一気に張り詰めた空気が教室を満たした原因は、机に頬杖をつく朔那だ。
視線は手元の本に向かっているものの、発せられる気は怖いほどだ。
固まる男子二人を後ろから正田が殴ったことによって張り詰めた空気が一気に緩んだ。

「朔那様の言う通りだわ。このバカどもがっ!」

『(ナイス一発…)』

見事な一発に思わず感心してしまった。
臆することのないその姿勢に、朔那は笑みを浮かべた。
そこへセリーナに連れられた委員長が入ってきた。

「委員長、アリス元に戻ったの!?」

「ううん、残念ながら…。
調査も検査も一通り終わって、ウイルスの線はまずないってことで戻ることが許可されたんだ」

クラスメイトの顔が暗くなったのを見逃さなかったのだろう。
自分が一番不安な筈、なのに明るくふるまう姿はまさに"委員長"だった。

「アリスが戻る可能性もあるから、このまま今まで通りの生活を続けるようにって」

「よかったっ…」

温かい空気に包まれた教室で、学園は心当たりとして"他人の能力を盗むアリス"のことを話していたという。
そのアリスの持ち主は"Z"の一員だという。

『…!』

聞き逃すことの出来ないそのワードに朔那が部屋を出ようと立ちがろうとするが、その前に棗が立ち上がった。
教室を出るのかと思えばこちらに歩いてきて目の前に立つ棗に朔那は黙って見上げていた。

「来い」

『え?ちょっと…棗?』

朔那の腕を引っ張り無理やり立たせると、そのまま教室を出て行った。
その後を流架が追いかけ、棗の様子を気にかけた蜜柑が追いかけた。

「棗!まって…、さっき委員長が言ってたZって…何かこの間のことと關係あんの…?何か棗知ってること…」

蜜柑の質問に返すことなく立ち去ろうとする棗だが、いい加減蜜柑も我慢の限界がきたようだ。

「ウチの事気に食わんことあるなら、言いたい事はっきり言うたらいーやんか!」

『…棗?』

腕を握る棗の力が強くなった。
どんな表情をしているのか、ここからでは窺うことはできなかった?

「……全部……全部気に食わない。お前全部、キライなんだよ。近寄んな」

『………』

「ウチかてお前なんか大キライじゃーっ!!!」

背後で叫ぶ蜜柑なんて気にしていないのか、スタスタと歩みを進める棗。その手には変わらず朔那の腕を握ったままだ。

『……ウソツキ。キライなんて言って…』

「嘘じゃねえ」

『……ふぅん…』

まだ痛いほどに握られている腕が、嘘であることを語っている。

"棗は意地っ張りだから"

以前流架に言ったこの言葉が、自分を傷つけるとは予想もしなかった。
腕の痛みとは他に、息苦しくなるような痛みがどこかで燻っていた。


《ヴーーーーーー…》


突如鳴った緊急サイレン。
いきなりのことに、生徒たちは慌て、そして外出禁止令が出たと副担が知らせにきたという。

蛍の調べではZの侵入者だという。

それを聞いたとたん、朔那の腕を離して棗が走り出した。

棗の後は流架や蜜柑が追いかけるのを見届けた朔那は教師たちに捕まらないよう、人目につかないところまでくると片膝をついて両手を床に当てた。
目を閉じて神経を集中させると、アリスを発動させて侵入者だという者の場所を探り当てようとしていた。

『……護送車…Zの侵入者………嘘が真になったってことか…!』

思わず舌打ちをした。
とりあえず移動しようと立ち上がろうとした朔那を、目眩が襲った。



《ダンッと銃の音が鳴ると、一人の少女が地面に伏せた。その少女の肩口からは止めどなく流れる赤い液体。
その少女の傍らには、別の少女。自分に負いかぶさるように倒れた少女の名を呼び続けるも、少女は目を覚まさない。

「蛍…っ!」》



『……っ!』

はっ、と目を開けば壁に寄りかかっていた。
クラクラする頭に何が起こったのかと理解した朔那は、歯を食いしばって駆け出した。
向かうは、蛍が送還される病院だ。




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