時少。
□09
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「テスト!うちテスト大嫌いー!」
「馬鹿には辛い関門よね」
アリス祭が終わるとすぐに前期テストである。
呻く蜜柑の脳裏にはどれだけ勉強が苦手かを物語る苦い思い出が。
「あああ……そういえばルカぴょん、朔那ちゃんは?」
「え、さあ……この時期はいつもいないから」
「朔那ちゃんもテスト嫌なんやろか?」
「それはないわよ。あの子あんたより遥かに賢いから」
蛍の言葉に腹をたてる蜜柑たちの会話は、その本人の耳に入ることはなく、特力の教室ですやすやと寝息を立てていた朔那はふっと目を覚ました。
とたんに開いた扉の前には翼と美咲がおり、ソファに寝転ぶ朔那に目を丸くした。
「あれ、朔那?」
『…………』
「おい?大丈夫か?」
寝ぼけているのか、ぼー、とこちらを見るだけの朔那の顔の前で手をふった。
『……ああ、翼と美咲か……』
「ちょーどいいや、勉強教えてくれ」
「あたしも頼む」
『ん……ちょっと待て……』
頭が覚醒していないのか、少し眠そうな朔那に美咲がコーヒーを渡した。
カップを両手で持って英語や数学の教科書を開いている二人を眺めていた。
「おーい朔那ー…」
『はいはい…』
「あれ、皆さん」
二人のいる場所へと移動すると、野田が入ってきた。
どうやらアリス祭で帰ってきて以降は無事なようだ。
「のだっち、今回はどこ行ってたんだ?」
「結構近いところでしたよ」
『……風邪を引かないようにしてくださいね』
「…!」
「朔那?」
『今日は部屋に戻るから、分からないところあったら寮に来て』
一度も振り返ることなく特力の部屋から出た朔那に、翼と美咲は顔を見合わせる。
それと入れ違いに蜜柑が泣きながら教科書を持って入ってきた。
歴史を教える野田は試験の範囲外のところへと話がずれ、蜜柑へは翼の助け舟が送られた。
翼のアドバイスにより、傾向を分析して勉強する蜜柑に触発され、クラス全体が勉強モードへと切り替わっていた。
口ではバカにしていた子たちも、勉強のできる棗へと教科書を持って詰め寄っていた。
その様子を、教室に入ろうとした朔那が扉を開けた状態で眺めているのを流架が気づいた。
『………』
「朔那…最近ずっと教室に来ないけど…」
『部屋で読みかけの本をずっと読んでるだけだから、心配しないで』
流架に微笑んだ朔那は教室に踏み入れることなく、拒絶するかのように扉を閉めた。
「……朔那…?」
▽
『テスト、ね…』
「今は試験時間のはずだが…何をしている?」
試験当日、朔那はテストが開始されているにも関わらずゆっくりと外を歩いていた。
目的もなくただ歩いていると、眉間に皺を寄せた神野と遭遇した。
「以前からお前の試験が無条件で免除されている理由が理解できなくてな…。
来い、特別補習だ」
『拒否します。私の試験免除は三校長全員の許可を頂いています。理解はできるできないではなく、するものです。
何より、私は今、機嫌が悪い』
腕を掴まれそうになったが、触れられる前に神野の手を払い除けた。
神野を一睨みすると、神野の身体は金縛りにあったかのように動かなくなった。
その横を黙って通り過ぎた朔那は北の森への入口にいたペルソナと視線を合わせた。
「ずいぶんと手荒だな」
『構わないわ。行きましょう』
二人は森の奥へと姿を消した。
▽
「今日、朔那ちゃんきーひんかったなあ。どうしたんやろ」
「朔那ちゃんはずっとテストは休んでるよ?それに関しては先生たちも何も言わないけど…」
1日目のテストが終わったが、朔那が教室に来ることはなく、蜜柑達はテストの答え合わせをしながら寮へと戻る道をたどっていた。
そこには棗の姿もあり、傍から見れば仲の良い子供の集団である。
その様子を誰かが窓ガラス越しに覗いていた。
試験2日目。
家庭科のテストであるため調理室に生徒は集まっているが、そこには朔那の姿はなかった。
『……ペルソナ、何それ。エクステ?オシャレに目覚めたの?』
「そういうわけではない。校長からのご指示だ」
『ふーん……あ、似合ってる。長いのもいいね』
本部のとある一室で、朔那とペルソナが会話を弾ませていた。
自毛の黒髪に合わせた長髪スタイルのエクステをピンで止めていくペルソナに、朔那は珍妙なものを見ている気分で凝視していた。
違和感なくつけられたそれにクスクスと笑う。
「お前は教室には行かないのか」
『うん。初等部の問題は簡単だし、ほら』
槇原の代理としてB組に向かうペルソナの持っていたプリントを一枚拝借し、サラサラと解いていった朔那から差し出されたプリントを受け取り採点していくと、誤字もなく満点だった。
無言で部屋を出たペルソナを見送り、朔那はソファに寝転がっているうちに寝てしまった。
B組にペルソナが来たことに驚いたのは棗である。
テスト終了後、ペルソナの後を本部まで追いかけてきた棗は息を切らしながらペルソナを睨みつけた。
校長の命令は荒んだ目をしなくなった原因を調べてこいというものだった。
「まさかお前がしおらしく席に座って試験を受ける姿を拝める日が来ようとはな。
校長はこれ以上、お前にお気に入りが増えることを好ましく思っていない。特に、毛色の違った子猫なんかは…」
「それはそっちが勝手に…!」
「それは校長の本意とは違う。せいぜい気をつけるんだな」
ペルソナが手にした植物が、あっという間に枯れた。
その塵が棗の周りを風に乗って飛んだ。
「ああ、いいことを教えてやろう。
お前がのうのうとテストを受けている間の任務は誰がやったと思う?」
「……まさか…!」
脳裏に映るのは、テスト期間中ずっと教室にいなかった朔那。
「お前が毛色の違う子猫を気に入ってあの子を放っておくなら、こちらはいつでも引き取る準備は出来ている」
「…!」
『棗…?何してるの、こんなところで』
棗が振り向くと朔那が不思議そうに首を傾けていた。
視線をその先のペルソナに向けると、棗の横をすり抜けた。
『ペルソナが遅かったから様子を見に来たの』
「寝ていたのか、髪が乱れている」
ペルソナが朔那の髪に手を伸ばすと、触れる前に朔那の腕を棗が引っ張り駆け出した。
『棗、待って』
「…何であそこにいた。最近来ないのは任務やってたんだな。俺の分もか」
『……棗、落ち着いて』
矢継ぎ早に出る質問に、朔那は気が動転している棗の手を握って静かに笑った。
荒々しかった呼吸が静まったころ、朔那が静かに口を開いた。
『任務のこと、ペルソナから聞いたと思うけど、元々あった任務だから、棗の代わりではないよ。
私に棗の代わりなんて補えるわけないじゃない』
棗との実力差がありすぎる、と笑う朔那に棗は無意識に詰めていた息を吐きだした。
棗が落ち着いたのを確認した朔那は棗の手を引いて歩き出した。
『帰ろう、棗。皆が待ってる』
「……ああ」
二人は歩き出した。
無言で歩くが、苦痛とは感じない。
棗はペルソナに言われたことを頭の中で反芻していた。
そのため、朔那が何故あそこにいたのかという質問に答えていないことに気づいていないことすら、気づいていない。
朔那は何か考えている棗を一瞥した。
あそこにいたのは教室にいたくなかったから。
その答えを言ったときに言及されるのが嫌だったから誤魔化した。
『(蜜柑は棗のお気に入り、か…)』
本当はペルソナと棗の会話は全て聞いていた。
そのことを聞いたとき、なぜだか胸がざわついたので、棗に駆け寄らずにペルソナの方へと駆け寄ったのだ。
『(私には関係ないこと、それなのに…)』
一緒の道を歩きながら、二人はそれぞれ別のことを考え、結局寮についても答えは見つからなかった。
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(加筆・修正:2014/2/12)