時少。

□07
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《昔むかし、とある王国のいばら城に美しいお姫様がいました》

《姫は生まれたその日に悪い魔女から眠りの呪いをかけられて"眠り姫"と呼ばれるようになりました》


舞台の始まりは声フェロモンのアリスから。
流石は体質系の"歌のアリス"と言うべきか。技術も無く、音程・ハモリもガタガタだけど、どこか惹かれるという強みを生かした構成に、観客の反応は上々。


《その"眠りの呪い"とは…》

「ふわぁぁぁー」

《猫のようにグータラゴロゴロ。
日向ぼっこにいつも居眠り。
それは美しさも霞む"怠情"という名の呪い》


歌に合わせ、欠伸のセリフを言ったのは正田スミレ。
舞台裏では正田さんが眠り姫だったことに反対した皆だが、この光景を見ると、妙に納得したようだ。
そして声フェロモンのナレーションは続く。


《呪いのおかげですっかり歪んだ性格に》

「はーどっかにいい男転がってないかしら。
こんなんじゃ"恋人の愛のキスで呪いが解ける"っつっても無理だっつーの」


そして時には観客も取り入れたパフォーマンスもこなす正田さんに感心すると共に、口車に乗せたであろう鳴海に呆れる。

『…ナルが正田さんを洗脳する光景が目に浮かぶわ…』

鳴海はそういうのが得意な男だ。

正田さんの体を張った演技が続き、蜜柑のセリフのないポーズのみのシーンに客席が騒ぐ。
後ろ姿からして百合ではないことが不満な人もいるようだ。


《可愛い清らかな白雪姫。
継母のために森に花を摘みに来た優しい白雪姫》


セットが白雪姫城へと変わり、とうとう流架の出番である。
裏では暗い表情をしていた流架も、舞台上ではしっかり役をこなしていた。
裏方が合図を鳴らすと、通路に座っていた動物達が一気に舞台上へと駆け上がる。
メロメロになる流架は可愛いが、嫌がる理由がよくわかった。

スミレの場面で魔法の鏡が登場。
その鏡の精役は背中にキツネ目をくっつけた心読み。


「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」

「あんたでないことは確かだよ」


本音を言ったと瞬時に見抜いたスミレは額から鏡を突き破った。


「白雪姫抹殺!」

『…女優魂だなぁ』

それを見た朔那は思わず感心した。

動物と触れ合っている白雪姫のシーン。
そこに狩人役・鳴海がフェロモンを撒き散らしながら登場した。


「はぁーい子猫ちゃん。
僕は君のピンクのハートのキューピッドの矢を射に来た狩人、なーんて」


と、バカみたいなセリフを吐く鳴海。
しかし外見だけはいいので鳴海にファンも多く、黄色い声が聞こえた。

「ナル…勝手に台本変えてやがる」

『…へえ』

舞台裏の一か所だけ、気温が10度ほど下がった気がした。
そろりとその原因を振り返ると、朔那が目は笑っていない恐ろしい微笑を浮かべていた。

『あとで鳴海、借りるわね』

この状況で断れる者などいるものか。
声も出せずに頷くと、一同は揃って舞台に目を向ける。
その間にも劇は進み、鳴海の魔の手を逃れた流架は小人たちの家にたどり着く。

初等部とはいえ、アリスを使って紹介していく小人達は、見る者を楽しませる。
そして紹介も終盤。一人の小人が7人目を紹介する。
その側にいるのが山猫姿の棗であることに観客も気づいた。


「そしてこいつが"動物好き"!」

「ようこしょ、白雪姫ー。
こちりゃは僕のお友達の山猫くん」

「………………"ニャア"」





出番を終了した棗に声をかけるべきかと気まずい雰囲気が流れる。
その棗が気付いたのが壁際で震えている朔那。
すると朔那に近づきその頭を指で弾いた。

「震えるほど笑いこらえてんじゃねーよ」

『だ、だって…』

一応気を使っているのか笑いをこらえているものの、そう長くは続かない。
ついに小声だが、声をあげて笑ってしまった朔那に棗はむすっとしている。

『ふー…よかったね、劇に出れて。優しいお兄ちゃんだねー』

「……フン」

笑いが収まった朔那が小人役の子に目線を合わせて話しかけると、棗は目を反らした。

棗と朔那が話している間に劇は進み、もう終盤に差し掛かっていた。
ふと鳴海に視線を向けた朔那の顔が強張ったのを見て、棗も鳴海に視線を向ける。
鳴海が手に持つはカンペ。

"王子、姫の唇に客席に分かるようにキス"

『……覚えてなさいよ、あんた』

「え、」

ぼそりと呟いかれた不穏な言葉に鳴海は冷や汗をかいた。
発信源を見ると冷たい目をして朔那が睨んでおり、早まったかと後悔してしまった。
朔那が鳴海から目を逸らし舞台を見ると、流架と蜜柑が顔を赤くしながら近付けていた。

キスまであと数センチ、というところで、蜜柑に何かが飛んでいき、辺りが真っ暗になった。
いきなり暗くなったことに体を震わせた朔那は咄嗟に棗に手を伸ばす。
すぐに明かりがつき、ホッと胸をなでおろした朔那に棗が声をかけた。

「平気か」

『……うん…今の何…?』

棗が投げたあとのようだった。
背後を見てみると、蛍が電気の主電源を手をかけていたので、電気を落としたのは蛍だろう。

『…棗?』

「………」

『(棗が邪魔した……"どっち"を…?)』

体質系の機転で何とか無事に幕を下ろすことができたものの、カーテンコールの時も、二人は顔を赤くしていた。






パフォーマンス祭の午後の部は、パレードがあるが、朔那は幹部生としての仕事があるため本部にいた。

『(…なんか、さっきから落ち着かない)』

劇でのことでさっきから胸の辺りがもやもやと霧がかかっているみたいになっている。
原因は棗が蜜柑達のことを邪魔したから…?
それで何で私がむしゃくしゃするのかが分からない。

『あー…もう…』

「朔那?」

『、秀一…』

スッキリしなくて片手で頭を掻いていたら、秀一が声をかけてきた。

『あれ…昴は?』

「閉会式の確認。で、どうしたの?」

髪がボサボサだよ。
そういって手櫛で直してくれる秀一。

『別にいいよ』

「いいから」

じっとして、と言われるとそうするしかない。
別に苦ではない。
無言でも心地のいい空間は好きだ。

「終わったよ、この後の閉会式にはでるんだろう?」

『ありがと。
特力が気になるから、出るつもり』

「朔那がそんなこと言うのは珍しいね」

『……歩きながら話しましょう』

もうすぐ閉会式の時間でもあるし、歩きながらの方が効率的だ。
総代表である秀一の横に初等部が並んで歩いているのは、傍から見れば異常なんだろう。

「特力…"無効化のアリス"が来たところだね」
       
『あと、"あの人"の娘…ね』

"あの人"に反応する秀一の表情は、朔那からだと死角になっていて見えないが、驚きに満ちているだろう。

『別に、驚くことじゃないでしょう。
私のアリスを考えれば』

「……君は本当に…侮れないな」

『褒め言葉として受け取っておくわ』

知ったまでの過程を教えるつもりはない様子の朔那に肩をすくめた秀一は、たわいもない話をしながら閉会式へと向かった。







順位発表、優勝クラスは技術系となった。

技術系の喜びようは、見ているこちらも嬉しくなる。
毎年優勝争いをしている潜在系は、悔しも溜息を吐いていた。

キングの発表と続き、新人賞は最年少受賞記録となった。


《本年度新人賞は、初等部B組・今井蛍さんです!》


パッとスポットライトが技術系の列に並ぶ蛍に当たる。
蛍は無表情に壇上に上がり、トロフィーと賞金を受け取る。
トロフィーにではなくお金に頬が少し緩んだのは気のせいにしたい。
それを見た朔那は苦笑をしつつ、目の前を通る蛍に純粋な気持ちで拍手をしていたが、横に座っていた昴と蛍は一度も視線を合わすことはなかった。
朔那は昴の方へ体を僅かに傾けた。

『妹が最年少で新人賞だなんて鼻が高いわね』

「別にそれほど騒ぐことではない。
大体、本当の最年少記録はお前が持っているだろう」


溜息をきつつ昴が言ったことは事実である。
学園に来た初めのころは危力系以外へ属していた朔那がアリス祭に参加していたのだが、思わぬ活躍で、わずか7歳の時に新人賞とクイーンを受賞していた。
新人賞としてもクイーンとしても最年少記録。そしてダブル受賞も初である。
そのようなことは前代未聞のため、それは公にはされなかったのだ。
故に、朔那が受賞したことを知る者は少ない。

そしてその後も授賞式は続き、"特別賞"が特力系のRPGに授与された。

『ほら、やっぱり』

朔那は、認められたと大喜びしている特力を微笑ましそうに見ていた。







閉会式が終わってから鳴海は蜜柑に手紙らしきものを渡した。
恐らく蜜柑の祖父からの手紙だろう。


「行かなくていいのかい?」

『なんで?』

「ずっと見てるから」

『…見てた?』

何らかの理由で学園に目をつけられた蜜柑が、初めての家族からの手紙を喜ばないわけはなかった。
その様子を木に凭れ、じっと見ていた朔那の瞳は、どこか遠くを見ていた。

『"家族"…ね…』

ポツリと呟くと、秀一と昴が朔那の頭を優しく撫でた。
それに驚きつつも受け入れる朔那。
彼らに詳しい事情は特に話していない。
しかし二人は朔那が"家族"に反応することを察していた。
それほど長く彼らと過ごしている証拠でもある。

「朔那、悪いけど仕事を手伝ってくれるかい?アリス祭の期間に起きた問題の始末書と報告書があるんだ」

『わかった、あとで行く』

「それじゃあ、幹部室で」

一人になった朔那の視線は目に涙を溜めて喜び合う蜜柑達に向いていた。
朔那はいつもと違う、暖かな視線ではなくとても冷たい目で見ていた。

『……"家族"からの手紙って、そんなに嬉しい…?』

理解出来ないな…。
蜜柑たちに背を向けて櫻野たちの後を追う朔那にとって、家族からの手紙は最悪の贈り物だ。
送られてこようものなら、中身も見ずに跡形もなく燃やす。



声もかけずに去る朔那の背中を、棗が凝視していたことは知る由もない。



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修正:2013/12/31

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